文・夢枕 獏
陶芸を始めた。
ずっと昔から、陶芸のことが気がかっていたのである。いつかやりたいと思い続けてきたのだが、ちょうどある川のほとりに釣り小屋を建てる機会があったので、思いきって、そこに陶芸の設備を入れてしまったのが、6年ほど前である。
ひとりでは心細いので、道連れを捜したらこれがすぐに見つかった。釣り仲間で、釣り小屋に遊びに来ていた、編集者、ライター、デザイナーの三人である。
「自分で作ったぐい呑みでお酒を飲むと、ひと味違いまっせ」
と科学的に根拠のない嘘をついて、この道に引きずり込んでしまったのである。
以来、4年にわたって、年に5回ほど釣り小屋に集まっては作陶を続けている。
やってみれば、周囲には意外に″隠れ陶芸ファン″が多く、
「実はワタシも昔、やっていたことがあるのですよ」
「前から、オレもやってみたかったんだ」
「今、自分もやっております」
このように言う人たちが実に多いのである。
漫画家のいしかわじゅんさんもそうで、いしかわさんは『作る陶磁郎』という雑誌で、陶芸の連載ページを持っている。と言っても、いしかわさんが陶芸家としてすぐれた技を持っているからではない。陶芸については初心者のいしかわさんがあれこれ陶芸の技を習得していく過程を、自らリポートするというスタイルの連載である。
我々の陶芸生活も4年目となり、さすがに作品がたまってきた。下手なものばかりではあるが、それなりに可愛い。
お宝作品もいつの間にか増えた。
たとえば、遊びに来た天野喜孝さんが、ぼくが陶板に書いたアドリブの文章、
″雨音がしのびよってくる夜
おれは古い祭のことを
思っている″
などにさらさらと絵を描いていった作品もたくさんある。そんなわけで、萩尾望都さんが大皿に描いた、なんとも美しい天使の絵。寺田克也さんが作った九十九乱蔵の像などのおもしろそうなものが、知らぬ間にぼくのところにいっぱい溜まってしまったのである。
これを集めて我々のつたない作品と一緒に展示会をやろうということになって、しばらく前にそれをついに実現させてしまったのであった。
この文章が活字になる頃には、もう終わってしまっているのだが、神保町の「西遊記」というギャラリーで、この不思議な個展をやったのである。
名づけて「陶素人展(とうしろうてん)」。
「いしかわさん、ゲストとして何か出品しませんか」と声をかけたら、いしかわじゅんさんから幾つかの作品が届いた。
このうちの、備前の徳利が凄い。持ってみたら、実に軽いのである。きちんと薄くできているのである。しかも、かたちもしっかりしているではないか。ロクロをひいて、このように薄いものを作るのは、初心者がそう簡単にできることではないのだ。さらに、徳利というのは、茶碗などを作るのより、もう一段上の技術が要求されるのであり、我々はこの徳利に挑んで、首がちぎれるだの、何だのと、何度悲鳴をあげさせられたことか。
いしかわじゅんよ、あんたは凄い。
これを見た時は、思わず、落としたふりをして割りたくなってしまったではないか。
この展示会──あるいは個展と一緒に、もうひとつやったことがある。
それは、陶芸の本を作ってしまうことである。
ある時、我々は「酔魚亭」と名づけた釣り小屋(陶芸小屋)で、囲炉裏を囲んで酒を飲んでいた。
使っているのは、いずれも、自ら作ったぐい呑みである。
「おう、杉本さん、それ、水はもるけど実にいい色が出ておりますね」
「やあ、獏さん、あなたのぐい呑みもかたちはともかく、いいオリベの色ですよ」
「今井田さん、それ、たくさんはいりそうでなかなかよいではありませんか」
「なんのかくまさん、あなたの器こそ、可愛くできあがってるじゃありませんか」
「よ、名人」
「よ、達人」
「え、何、よく聴こえなかった。もう一度言って」
「い・い・う・つ・わ・だっ・ねえ!!」
などという自画自賛とよいしょをしあっているうちに、ひとつのことに我々は気がついてしまったのである。
メンバー4人。
ひとりは、小説家。
ひとりは、ライター。
ひとりは、デザイナー。
ひとりは、編集者。
なんと、陶芸は素人でも、本作りについては、いずれもプロばかりである。
「あ、おれたちで、本を作ることができるじゃない」
何しろ酒を飲んでいた時であり、我々は勢いの人となっていた。
「よし、おれたちで陶芸の本を作ろう」
あっという間に話がまとまってしまったのである。
自費出版に近いかたちで出そうと思っていたのだが、心優しい双葉社さんが、これをおもしろがってくれて、出版を引き受けて下さったのである。
そして、いずれもいそがしい本業のあい間をぬって、ようやく作った本が『陶素人(とうしろう)』である。
なにしろ、ひらきなおっているから、もう怖いものがない。
「下手を楽しむ」
がコンセプトであり、皆で言いたいことを言い、書きたいことを書いている。
天野喜孝さんと、ひと晩で描きあげた、エッチな「桃色ももたろう」という陶版絵本も、萩尾望都さんのお皿も、寺田克也さんの絵皿も、カラーで載っている。
実に楽しく皆んなで遊んでいる本となった。
陶芸親父への道まっしぐらである。
というところで、今回からしばらくエッセイを連載することになりました。
ひとつ、よろしく。
講談社『月刊 マガジンZ』2月号掲載
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