夢枕 獏が綴る日常の気ままなエッセイ〜格闘的日常生活

《第4回》〜半村さんのこと〜

文・夢枕 獏

 半村良さんが、この原稿を書いている今日──二〇〇二年の三月四日に亡くなられた。
 六八歳。
 大先輩の作家であり、ある時期は、むさぼるように舐めるように半村さんの作品を読みまくったことがある。
 二十年以上も昔に、新書の伝奇小説ブームがおこり、ぼくもその渦の中に途中から参入して、菊地秀行さんたちと一緒に・伝奇バイオレンス・などと呼ばれているジャンルの小説を発表した。
 多くの作家が伝奇小説に手を染めては消えていったが、菊地秀行さんは、今も、その伝奇バイオレンスの中心的な書き手である。
 ぼくも、『キマイラシリーズ』や『闇狩り師』、『新・魔獣狩り』といった作品を書き続けている。
 ぼくも菊地さんも、このジャンルが売れているからとか、売れそうだから書き始めたのではない。好きで好きでたまらずに書き出したのである。今も、そういった話が好きであり、だから書き続けているのである。
 ブームであろうが、ブームでなかろうが、ぼくも菊地さんも、こういった物語をこれからも書き続けてゆくことになるだろうと思う。
 この伝奇小説ブームのきっかけを作ったのが、半村良さんであった。
 一九七三年の二月に、祥伝社の新書ノン・ノベルが創刊され、その第一弾が半村さんの『黄金伝説』であった。
 それから立て続けに、『英雄伝説』、『楽園伝説』、『死神伝説』と伝説シリーズが発刊されていったのである。
 これと平行して、早川書房からは『石の血脈』、『産霊山秘録』といった、傑作伝奇小説が出版されていった。
 眼の前に何があろうが、ぐいぐいと前に進んでゆく、高馬力のブルドーザーのごときおもむきが、あの頃の半村さんにはあった。
 日本の古代史に題材をとり、現代という場所から物語を作りだしてゆく──今、ぼくなどがやっているスタイルのかなりの部分を、この時期に半村さんが作りあげたと言っていい。
 あの伝奇小説の大傑作、『妖星伝』が発売された時には、気が遠くなりそうになった。
 全七巻。
 ここで言う・妖星・とは、すなわち、地球のことである。
 何故、この地球では強いものが弱いものを啖うのか。
 何故、生命が生命を食べることで生きていくのか。
 当然ながら、これには、この地球という星ができた時からの深い因縁話があるのである。
 実は───
 というのを現代を舞台にして書いてしまったら、よくある話になってしまうのを、半村良は、驚くなよ、時代小説というスタイルで書いてしまうのである。
 それも、めちゃくちゃおもしろい時代小説である。
 おそらく、これを読んでいなかったら、ぼくは、『大帝の剣』をもっと別のスタイルで書いていたと思うのである。
 この地球の持っている摂理──弱いものを啖うということをその目的としている鬼道衆という存在を日本史の闇の部分に設定し、なんとその最後には仏教用語でこの宇宙を語るという芸まで見せてくれるのである。
 「ひと晩で五〇枚書いた」
 「一〇〇〇枚の中編を書く時は、あらかじめ原稿用紙の何枚目ごとかに色のついた付箋をつけておき、赤の色で濡れ場、青の色がきたら場面転換と決めて、その通りに原稿を書くことができるんです」
 とかいう伝説のごとき半村さんの話を耳にしたのもこの頃である。
 量産すればするほどおもしろくなるのが、手塚治虫さんと半村良さんであった。
 ある時、税務所の人がやってきて、
 「作家は、経費といったって、インク代と原稿用紙代だけじゃあないんですか」
 と半村さんに言ったらしい。
 その時に半村さんは、原稿用紙とペンをその税務所員に渡して、
 「じゃあ、これで売れる小説を書いてみてくれませんか」
 と言ったという話もある。
 そういうエピソードを聴くにつけ、おれもやるぞとがんばってきたから、なんとか売れない時期もしのいでこれたような気もしているのである。
 後に、ひと晩五〇枚書いてみて、ああやっぱりひと晩五〇枚やればできるんだ、半村さんの伝説はほんとだったんだと感動したこともあったのである。
 ・今こそ『妖星伝』を、もう一度ハードカバーで発行すべし・
 などと、昨年はぼくも言っていたのだが、まさか、今年になって半村さんが亡くなられるとは思ってもいなかったのである。
 肝臓を悪くされていて、手術もしたらしいという話は耳にしており、この一年くらいはあまり仕事もされていないということも風のたよりには知っていたのだが、この突然の訃報にはびっくりした。
 うーん。
 五本か、六本くらいは、まだ完結してない話をお持ちだったのではないか。
 人ごととは思えない。
 ぼく自身も、いつ死ぬかはこれは神のみぞ知るところなのだが、いつ死ぬにしろ、何本も連載を残したまま死ぬことになるのだろうなあ。
 今はペースが落ちて、年に十冊も本を書くことはないのだが、年に六冊ずつ書いていって、二〇年もあれば今あるアイデアは全て本になるのだろうか。
 見当もつかない。
 とにかく、ぼくにできることは、書いて書いて、書きまくることだけだろう。
 あらためて、書くことをここにちかいたい。


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