長い六月であった。
毎年、六月になると、全国的に鮎釣りが解禁となる。東北や、一部地域によっては、この解禁日が、六月中旬から七月一日であったりするのだが、基本的には六月から鮎を釣ることができるというのが、全国的な鮎釣り師たちの認識である。
ぼくはこの鮎釣りにはまっていて、この二十数年、毎年六月になると心臓の鼓動は、はやまり、仕事をしていても気はそぞろ、心は鮎の方にいってしまう。
今年も鮎釣りを中心にして、色々と計画をたてた。
六月一日から、九州の球磨川に行き大鮎を釣りまくり、そのままその足で奄美大島へ出かけてカンパチを釣り、帰ってきたら、すぐにまた、四国の吉野川、海部川へと鮎釣りに出かけ、その合間には地元の酒匂川で鮎を釣る───いったいいつ仕事をしとるんじゃという声が聴こえてきそうな予定をたてていたのである。
数えてみたら、家にいるのは、一ヶ月で十日もない。
釣りの地獄道に首から鼻までどっぷりつかり、耳で息をしているような状態と言っていい。
しかし、言いわけをしておくなら、どこへ行くにしても仕事をさぼっているわけではなく、出先へと仕事を持ってゆき、あちらできちんと原稿を書いているのである。二十日出ているといっても、まるまる釣りをしているわけではなく、さらに弁解しておけば、仕事として釣りをする日も半分くらいは混じっているのである。
ああ、だがしかし────
いくら計画をたてても予定通りにはいかないというのが、この世のおもしろいところである。
楽しいはずのこの日々の初日──六月の一日、四国へと向かうため羽田空港に出かけてゆく朝に、ぼくは自分が風邪をひいてしまったことに気がついたのである。
実は、前日の夕方──つまり五月の三十一日から、少し身体の調子がおかしかったのである。
妙に身体が疲れ、だるく、熱っぽいのである。
こんなのはよくあることであり、なあにひと晩眠ればなおるであろうと、『キマイラ青龍変』を書く手を休め、その日ははやめに寝たのである。その晩はたっぷり眠り、調子がもどったところで、飛行機の中でいっきに書きあげてしまえばいい──そう思っていたのである。
ところが、翌朝、身体のだるさは増し、くしゃみが出、はっきり喉の痛みまでが症状として出てきたのであった。
飛行機の中でやるはずであった原稿は当然のように半分もできず、レンタカーでそのまま川に入る予定あったのだが、それを変更して、ぼくは早めに宿にチェックインをしてしまった。
風邪薬を買い、ドリンクを買い、部屋にこもって原稿を書くことにしたのである。原稿は書けるし、身体は休めることができる。幸いなことに熱は微熱である。明日は、すっきりと早朝から釣りに行こうと思っていたのだが、この日から出はじめた咳が夜になっても止まらずに、夜半に二度も眼を覚まして喉アメを舐めることになってしまったのである。
この咳と身体のだるさに、結局、一ヶ月もぼくは悩まされることとなったのであった。
四国でも移動につぐ移動の日々であり、この間、ほとんどひとりでレンタカーを運転した。二日ごとに違う仕事関係の方々と会いながら夜は原稿を書いて、寝れば咳で眼を覚ます。
東京にもどって、パーティに出席して、煙草の煙にむせ、また原稿を書く。
家に帰った時は、布団の中で原稿を書き、動かぬようにしていたのだが、日に何度か必ず何かの用事があって、落ちついて身体を休める間がなかった。
「ひとりで楽しいことを抜けがけでやろうとした罰ですよ」
「釣りをしすぎてバチがあたったんじゃないの」
友人たちは、少しもなぐさめてくれないのである。
ようやく咳が止まり、少し体調がもどってきたのは七月に入ってからである。
ともかく、本当に、長い六月だったのである。
七月は七月で、五日から四国へ鮎釣りに行くことになっており、これは、まるまるプライベートの釣りで、仕事がらみではない。ようやく落ち着いて鮎釣りができそうなのだが、やや、なんということだ、大型台風が近づいてきているではないか。
この台風がなんとかそれてくれないと、満足のいく釣りをしないまま、鮎の季節が半分過ぎてしまうことになる。
何しろ、地元の酒匂川で、今年はまだ一度も鮎の竿を出していないのだ。
どうかどうか、よい釣りの日々を、この夏にほんの数日でいいから味わわせて下さい。
毎年、三月か四月に、人間ドックに入っているのだが、今年はどういうわけかいそがしくて、五月にも六月にも行くチャンスがなかった。
やっと七月に時間がとれて、行くことになっているのだが、なんだか歳をとってくると、ケガのなおりも、風邪のなおりも遅い。
これからは一生つきあってゆくような身体の故障や病気も幾つかはある。
五十一歳───
肉体と精神のやる気のようなものが、少しずつすれちがってきているような気がする。
このくらいの風邪、昔は二〜三日で治してたのに。
このくらいの疲れ、一日たっぷり眠ればOKだったのに。
なんだかくやしいのだが、歳をとってくると、だんだんお酒の飲み方が上手になってきて、そういうおもしろさが増してくるので、身体のおとろえは、まあ、歳なみならばしかたのないところかもしれない。