夢枕 獏が綴る日常の気ままなエッセイ〜格闘的日常生活

《第21回》〜天神祭〜

文・夢枕 獏

 七月二十五日、大阪の天神祭に行ってきた。
 天神祭というのは、京都の祇園祭、東京の山王祭と並んで、日本三大祭のひとつである。
 天神様のお祭────天神様すなわち、学問の神様である菅原道真公のことである。
 大阪天満宮に、天神様が鎮座したその翌々年の天暦五年(九五一)に、天神祭のメイン神事である鉾流神事(ほこながししんじ)が始まった。今から一〇五二年も前のことだ。
 社頭の浜(川岸)から大川に神鉾を流し、その漂着した地を斎場と定め、そこに神様を御迎えする神事である。鉾に託して穢れを祓うとともに、年に一度神様が氏地を巡見するという意味もある。
 つまり、年に一度、天神様が、天満宮から社頭の浜まで移動し、そこから船にお乗りになって、また移動をし、そしてまた最後に天満宮までもどってくることになる。
 これを、陸の上、あるいは川の上で、氏子たちが御迎えする。
 天神様が川を移動する時は、もちろん船に乗るわけだが、この時に出る船はその神様が乗った船ばかりではない。
 神様を御迎えして、実に様々な船が大川に浮かぶのである。
 その数、およそ百。
 落語船。
 獅子舞船。
 文楽船。
 など、実に数が多い。
 落語船では、落語家たちが乗り、文楽船には、文楽の関係者が乗って文楽をやっているのである。
 大企業がスポンサーとなっている船もある。
 ぼくの乗った船は、・アサヒスーパードライ号・である。
 この船、競争率が高くて、なかなか乗ることができない。この天神祭、百万人からの人出があるのだが、そのうち、船に乗ることができるのは、一万人もいない(想像だが)のではないか。
 ぼくが、アサヒスーパードライ号に乗ることができたのは、知り合いが呼んでくれたからである。
 大阪の講談師、旭堂小南陵師匠が声をかけてくれたのである。
 小南陵師匠とは昔からの知り合いで、なんと講談で「神道講釈安倍晴明伝」という出しものをずっと以前からやっておられ、これが御縁で仲よくしていただいているのである。
 「おもしろいでえ。ぜひ一度、天神さんの船に乗りに来たらよろし」
 今年、ようやくその機会があって、行ってきたのである。
 出発の一時間近く前から船に乗り込み、早くもビールを飲み出す。なにしろスポンサーがアサヒビールであるから、飲みほうだいなのである。
 出発前の船と船は、ぎっしりと身を寄せ合って停泊しているため、船から船への移動は簡単であり、自分の船に乗るためには他の船を通ってこなければならないのである。
 それぞれ、百人くらいは船に人が乗っており、まだ明るいうちから、早くも各船は宴会モードに突入している。
 船は、屋根がないので、空が広くて気持ちがいい。
 各船には、それぞれ前の方に小さな舞台があって、司会者がいる。司会者は、関西の芸人の方々であり、早くも、マイクによる船と船との挨拶が始まっているのである。
 「こっちのお客さんはあんた、日清のヤキソバ一年分がもらえるんやでえ」
 「こちらは、アサヒスーパードライが飲みほうだいでっせ」
 関西芸人どうし、いずれも顔見知りであり、それぞれ、相手の船に乗り込んで、挨拶がわりに芸を披露してゆく。
 我々の船は、まず、小南陵師匠が司会であり、毎回のゲストである歌手の尾形大作さんがいて、OSKから美女三人も来ている。
 船が動き出すと、まず、尾形大作さんが、持ち唄の「無錫旅情」を歌う。
 岸にお客さんがたくさんいれば、
 「皆さあん、楽しんでいらっしゃいますかあ。アサヒスーパードライ号でございます」
 小南陵師匠が大声をあげる。
 マイクもスピーカーも、船の中では一番いいため、川中に声が響きわたるのである。
 「尾形大作さん、OSKのお三人がゲストでございます。それでは、お手を拝借したいと思います」
 川岸の人々や、すれちがう船と拍手の交歓をする。
 「打ちましょ」
 で、シャンシャンと二回。 
 「もひとつせ」
 で、またシャンシャン。
 「祝(いお)て三度」
 で、シャンシャン、シャンと三回拍手。
 これを全員でやると、いやでも盛りあがってくるのである。
 こういうことをしているうちに、暗くなり、花火が大阪の空にどんどんあがり、ますます盛りあがってくるのである。
 「だいいちですな、三大祭いうても、わしらが言うとるのとちゃいまんねん」
 小南陵師匠が言うのである。
 「わしらは、この天神さんが一番や思てますからね。そもそも、三大何々などと言う時、その一番のところが言い出したりはけしてせんもんですわな。だいたい、二番手か三番手のところが、一番目と同じに見られたいいうことで、三大ナントカと言い出す──」
 なるほど。
 自前の髪を結った、京都は祇園のきれいどころも乗っておられ、船の先端からは自前の花火もどんどん上がるのである。
 OSKは、スポンサーの近鉄がおりて、今は大阪市民の歌劇団として再スタートしたところである。
 ぼくの『陰陽師』を舞台化してくださったところであり、彼女たちの浴衣姿も、これまた色っぽい大阪の大川の上なのである。
 終わったあとは、小南陵さんの知り合いのKさんの家で、ワインとお酒を夜半まで飲む。
 原稿はほとんど書けなかったが、楽しい大阪の一夜でございました。


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