夢枕 獏が綴る日常の気ままなエッセイ〜格闘的日常生活

《第31回》〜SWA誕生のこと〜

文・夢枕 獏

 「ユーコン日記」を、なんと一年近くも連載してしまった。
 最初の一行を書き出したのが、昨年(二〇〇三年)の九月の初め──ビッグサーモン・リバーを下り終え、やっともどってきたホワイトホースのホテルであった。
 少なくとも、今は、朝目が覚めるたびに、
 「今日一日、生きていられるかな」
 と考えることはない。
 そういう意味では、現在ぼくは日常の中にいる。
 そういう日常の中でも、"ユーコン的なもの"──つまり"冒険的なこと"はあるのである。もったいぶった書き方をしてしまったが、ようするに"おもしろいこと"は、いつもの日々の中に起こるということである。
 つい最近で言えば、それは"SWA"である。
 ついでに書いておくと、彦いち師匠は、ユーコンから帰ったあと、この旅で撮ったスライドを上映しながらやる"スライド落語"を創作し、紀伊国屋ホールでこれを演(や)った。これがなかなかおかしかったのだが、まずは"SWA"のお話。
 何ヶ月か前、ユーコンにも一緒に出かけた林家彦いち師匠と、K‐1を観に行った。
 試合はなかなかおもしろかったので、試合後居酒屋でも、ビールを片手に我々はおおいにもりあがったのである。
 その時、林家彦いち師匠は言った。
 「今度、我々もSWAという団体をたちあげることとなりました」
 おう。
 驚いた。
 元極真の落語家が、ついに格闘技団体を作ったのか。
 そうではなかった。
 「創作・話芸・アソシエーション──その頭の文字をとってアルファベットにして、SWAなのです」
 というのであった。
 メンバーは、会員番号1の林家彦いち。
 会員番号2の三遊亭白鳥。
 3の神田山陽。
 4春風亭昇太。
 6の柳屋喬太郎。
 最初は、SRA(創作・落語・アソシエーション)としようという案があったらしいのだが、これだと講談師である神田山陽が入らなくなってしまうので"落語"を"話芸"として"R"が"W"となったというのである。
 五人で、新作を作りながら、それをあちらこちらで発表してゆこうという団体であり、話が熱い。
 これはおもしろい。
 「そうなると、チャンピオンベルトが必要だなあ」
 ぼくは言った。
 「よし。そのチャンピオンベルト、このユメマクラが作りましょう」
 酔った勢いで、勝手にチャンピオンベルトを作ることに決めてしまったのである。
 なんだか意味がわからないが、とにかく、団体が"SWA"なら、それが落語の団体であろうが話芸の団体であろうが、チャンピオンベルトが必要であると思い込んでしまったユメマクラもユメマクラだが、
 「オス、お願いします!」
 迷うことなくテーブルを叩いたヒコイチもヒコイチなのであった。
 さっそく格闘技雑誌を引っぱり出してきて、プロレスアイテムを作っている企業を見つけ、そこに製作を依頼することにしたのである。
 本業の原稿書きをさぼり、夜中にコンパスやら三角定規を取り出して、ベルトのデザインをした。
 そして、これがついにできあがってきたのである。
 名づけて「(わ)(マルワ)ベルト」。
 黄金のベルトの中央に真っ赤なラインで「(わ)」の文字が入り、その下には"SWA"の文字が輝いている。
 ベルトのあちこちには、エメラルド、ルビー、サファイヤ、真珠──模造品ながらありとあらゆる宝石が散りばめられている。
 下品だが、しかし限りなく力強いベルトができあがったのである。
 「わ」は「笑い」のわであり、「話芸」のわであり、「平和」のわでもある。そして、何よりも「わ」は、わっ!のわであるのである。
 ぜひ、ピンの話芸で世間をはりたおしてやってもらいたい──そういう願いを込めたベルトである。
 コントもいいし、マンザイだってぼくは大好きなのだが、ピンの話芸だってこれはものすごくおもしろいのだ。これをぜひ世間に知らしめてもらいたいのである。
 何しろ、ベルトを作ったら、チャンピオンを決めたり、防衛戦をやったり、他の団体にたとえば『お笑いオンエアバトル』などに殴り込みをかけて、Wタイトル戦をやったりしなければいけない(本当かいな)のである。
 というわけで、六月五日、新宿明治安田生命ホールまで、旗あげ戦を観に行ってきたのである。
 1番彦いちは、いちだから。2番白鳥は、"2"が白鳥に似ているから。3番山陽は"さん"だから。4番昇太はしょうたの"し"。6番喬太郎は"ろう"を無理に"ロク"と読ませて6。
 「5」は、"ごひいき"のお客さん。つまりお客さんが5番目。
 で、始まっちゃいました。
 春風亭昇太が「夫婦喧嘩指南」。
 神田山陽が「男前日本史」。
 林家彦いちが「青畳の女」。
 三遊亭白鳥が「江戸前カーナビ」。
 柳家喬太郎が「駅前そだち」。
 どれも新作であり、基本的には皆で考えた皆のネタだから、今後、回を重ねながら、他の者が同じネタをやったりすることになる。
 まことに興味深いものが始まったものである。
 終演後、打ちあげ。
 高田文夫こと、立川籐志楼師匠もやってきて、楽しい宴となった。
 「こんどさあ、おれに新作書かせてくんないかなあ」
 これまた、酔った勢いでユメマクラは言った。
 「ひとりに一作。ノーギャラでいいからさ。書いたものは、どこかで活字にしてそっちの方でもとをとるからさ。いつ、どこで何回でも好きに演っていいの。ただ、演る時に"ユメマクラの本を買え"ってひと言言ってくれればそれでチャラってことで、どう?」
 で、話はたちまちまとまって、新作を書くことになってしまったユメマクラなのでした。


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