夢枕 獏が綴る日常の気ままなエッセイ〜格闘的日常生活

《第36回》〜オレオレ詐欺のハガキ〜

文・夢枕 獏

 このところ、オレオレ詐欺が劇場型になってきているらしい。
 複数の人間が、それぞれ役割を決めて、ねらった人物から金を騙しとるのである。
 ぼくの友人も、それを仕掛けられた。
 ある時、いきなり電話があったのだという。
 「○○さんですか」
 男の声が言う。
 「はい」
 「確認をしたいのですが、S子さんというお嬢さんはいらっしゃいますか」
 「はい。S子が何か?」
 「実は、S子さんが交通事故を起こしてしまいましてね。赤信号の交差点で、人を撥ねてしまいました。撥ねられたのは、私の友人で△△というんですが──」
 これで、○○さんはびっくりしてしまった。
 △△さんという人物は、どうやらコワイ系の人間らしく、
 「事務所の方にS子さんは来ていただいています」
 というのである。
 示談ですませたいので、ついてはこれこれのところに三〇〇万円振り込んでもらえないかというのである。
 「S子にかわってもらえますか」
 電話に出てきたS子は、泣きじゃくるだけで、ほとんどまともなことが言えない。
 何か尋ねても、
 「お父さんごめんなさいお父さんごめんなさいお父さん──」
 激しく泣きじゃくる。
 おおあわてで、金を工面しようとしているところへ、たまたま本人のS子さんから電話が掛かってきた。
 「おまえ、だいじょうぶなのか」
 「何のこと?」
 S子さんは、何を言われているのかわからない。
 よくよく話をしてみたら、S子さんはどういう事故も起こしてはおらず、掛かってきた電話も詐欺とわかったのである。
 「でもね、あの時はほんとに、女の人の声がうちの娘の声に聴こえたんだよ」
 このように○○さんは言うのである。
 なにしろ泣きじゃくっているから、いつもの声ではない。気が動転しているから、それが娘の声に聴こえてしまう。
 詐欺をする側が、そういった人間心理をうまくついてくるのである。
 最近ではこれが「警察」から掛かってくるようになっていて、いかにも事故現場らしい無線の交信らしい背景音が流れてきたり、色々の効果音も受話器の向こうから聴こえてきたりするのだという。
 これだけ、オレオレ詐欺のことが知られていても、まだ、騙されてしまう人が多い。
 ぼくだったらどうか。
 今は、もちろん、騙されることはないと思っている。思っているが、しかし、ある時いきなりそういった電話が掛かってきたら、それでも騙されない自信があるか。
 実は、それに似た詐欺を、ぼくは二度仕掛けられたことがある。
 それは、電話ではなく、ハガキであった。
 ある時、いきなり、ぼくのところへ、赤と黒の二色で印刷されたハガキが配達されてきたのである。
 「料金お支払いのお願い」とタイトルがあり、その下に赤い文字で(最終通告のお知らせ)とある。

  平素はアダルトグッツ、有料情報サービスを
  ご利用いただき、ありがとうございます。
  さて、貴方様が過去に御利用頂いております
  本サービスのお支払い期限を過ぎております
  が、まだ確認が出来ておりません。未納使用
  料金のお支払い、ご連絡を最終期限までに頂
  けるようお願い致します。万が一、到着後一
  週間以内に御連絡の上、お支払いに応じて頂
  けないお客様に関しては、遺憾ながら訴訟、
  その他法的手続きを取らせて頂きますことを
  御了承下さい。

 このように本文があって、その下に「(株)日本情報管理」と社名が入っていて、電話番号やら、ぼくの会員番号までが印刷されている。
 相当あやしいハガキであり、文章はとてつもなくおかしい。
 まず「過去に御利用頂いております」じゃなく、「御利用頂きました」だろう。「まだ確認できておりません」というのは、何が確認できていないのか。それまでは"御"とあったのに「ご連絡を最終期限までに」ではひらがなになっているし、だいいち、"最終期限"がいつであるかなんて、どこにも書いてない。
 「アダルトグッツ」じゃなくて、「グッズ」だろう。おまけにこの文章だと、ぼくが"グッツ"を買ったのか"情報"を利用したのかそれもわからない。そもそも、催促する以上は、何の代金であるのか、それが幾らなのかをまず書かなくちゃいけないのに、それが記されてない。もうひとつ書いておけば、会員番号は、印刷しちゃだめである。ここだけ手書きにするか、別の印刷システムにしなきゃあ。
 しかし、正直言えば、ほんの一瞬、あれ、と思ったのは事実である。
 ぼくも、インターネットでHなサイトを覗いたことがあるからである。しかし、無料のページを覗いただけであり、有料ページは開いたことがない。けれど、何か、ぼくの知らない怪しいシステムにひっかかって、こういうハガキが来てしまったのかとも思ったのだが、そんなのはほんの一瞬である。
 すぐにフェイクとわかった。
 会社の住所も書いてないこんなハガキにひっかかるような人間がいるのだろうか。
 その後、また、別口が一通来たが、これもまたフェイクとすぐにわかるシロモノであった。
 男は、誰でもこういうことについてはうしろめたいことがひとつふたつはあるだろう。だから、中にはひっかかる人もいるのだろうが、ほんとにこんなことをやって、ペイできるくらいもうかるのだろうか。
 詐欺一件あたりの収入は少ないはずだから、案外、うっかり電話したりすると、急に詐欺がゆすりになったりするシステムになっているのかもしれない。
 皆さん、御注意。


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