夢枕 獏が綴る日常の気ままなエッセイ〜格闘的日常生活

《第38回》〜二〇〇五年正月の宴〜

文・夢枕 獏

 というわけで、二〇〇五年である。
 なんと、年が明けた途端に、箱根の山から杉花粉が飛びはじめ、七日あたりにはもうティッシュケースを手放せなくなってしまった。
 毎年、一月の休み明けくらいから薬を飲みはじめ、二月、三月の花粉のピークに合わせて花粉に強い体質を作ることになっていた。よい薬があるので、この何年間かは、なんとか花粉の時期をこのやり方でしのいできたのだが、今年は薬を飲みはじめる前に花粉が飛びはじめてしまったのである。
 飲んですぐ効く薬ではなく、飲みはじめてから何日かしないと効果が現れない。だから、昨年の残っていた分の薬をあわてて飲みはじめはしたものの、三日たった今でも鼻がぐずついているのである。
 今年は花粉が多いという、予定通りの結果であり、気をつけていなかった自分が悪いのだが、それでもなんだかこのくやしい気持ちはおさまらないのである。
 それはそれ───
 一月四日に、後楽園ホールに行ってきた。
 全日本キックの、大月晴明対小林聡の試合を観に行ったのである。
 大月は、デビュー以来の十七連勝中であり、このうちの十六勝がノックアウト勝ちという凄い選手である。
 対する小林は、ベテラン中のベテランであり、ムエタイのタイ人チャンピオンにも勝ったことのある選手である。
 どちらも好きな選手であり、どちらの負ける姿も見たくない。しかし、対戦する以上はぜひとも現場でそれを見届けなければならないと、出かけて行ったのである。
 大月は、遠い間合いで相手選手とやりとりしながら、いきなり間合いをつめてパンチを叩き込むのがうまい。
 もともと、合気道をやっていたこともあり、すり足も間合いも、キックボクシングというよりは、合気道に近い。しかし、キックスタイルの試合ができないわけではない。キックスタイルでも、充分な技術がある。スタイルとして、今の戦法をとっているのである(と思う)。
 このスタイルを、一ラウンド、二ラウンド、小林が封じ込んでしまった。
 自分からは、あまりパンチを出さずに、ローキックを出す。そこへ、大月が飛び込んでくるのに、パンチをカウンターで合わせる。この作戦がうまかった。
 何度か大月に、いいパンチを入れたが、三ラウンド、ついに大月のパンチが入り、ノックダウン。
 大月がKO勝ちで十八連勝。
 小林も凄かった。
 正月から、こういう試合を観ることができるんなら、今年は格闘技関係のイベントはかなり充実したものになってくるのかと期待してしまうではないか。
 なんと、会場には、ヴァンタレイ・シウバも来ており、試合のあい間にファンが列を作ってサインをもらっていたという光景も、後楽園ホールならではの風景であり、よいイベントであった。
 会場で出会った、観戦仲間である寺田克也さんたちと、居酒屋へ飲みにゆく。
 大道塾の、加藤清尚、飯村建一、両氏と居酒屋で出会い、彼等のテーブルへ押しかけビールで乾杯。
 「大道塾の道場なのにリングがあるんです」
 と飯村選手は言った。
 彼は、教え方が上手で、人望もあり、流派や団体の垣根を越えて、多くのプロ選手が道場にやってきて、みんなで稽古をしているのである。知人から話を聴いたところによると、とても雰囲気のいい活気ある道場のようで、邪魔でなければ、一度見に行きたいと思っているのである。
 五日は、なんと、書道展の初日である。
 書家の岡本光平さんと、女優の戸田菜穂さんと、ぼくの三人で、一月五日から十七日まで、銀座の"ギャラリー一枚の絵"で三人展をやったのである。
 二年前、テレビ番組で、岡本さんから書を教わったのが御縁で、今回の三人展となった。
 岡本さんとは、一年間、日本のあちこちを旅してまわり、書を書くという連載をやっており、その時の作品が何点かあり、それに四日間の合宿で書いた作品を加えて、出品作にした。
 書は、紙の上に一度筆を置いたら、もう止まることのできない旅に出てしまったようなもので、何があろうとも、筆を動かし続けなければならない。そこが、シビアなところであり、またおもしろいところなのである。
 白い紙は、そのままひとつの宇宙である。
 そこに、文字を書き、何らかの意味をそこに生じさせるということは、ある意味、書き手が神になって宇宙に創造を加える行為である。そこまで、自分のテンションをあげて書くからこそ、書はライブこそが一番おもしろいのであった。
 そういうわけで、三人展の初日に出かけてゆき、みんなと新年の挨拶。
 夜は、宴会となり、おおいに盛りあがり、ぼくは久しぶりの二日酔いをした。
 六日は、横浜で、なんどかこのコラムでも書いてきた、「SWA」の面々の落語会。
 新作派の五人による古典落語会である。
 これがまた楽しかった。
 そんなわけで、正月は、三日からもう仕事をしはじめたのだが、昼に二〜三時間書いて、夕方は東京で格闘技を観たり、三人展をやって宴会したり、落語を聴きに行ったりと、始めから仕事と遊びがごちゃごちゃになってしまったのである。
 八日は八日で、三人展の会場でトークショーをやり、いよいよ十四日からは、北海道へ出かけて、今年の初釣りである。
 網走湖の氷に穴をあけて、ワカサギを釣る。
 釣ったそばから、からあげにして、これを食べる。
 次回は、その報告をさせていただくつもりでいる。


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