夢枕 獏が綴る日常の気ままなエッセイ〜格闘的日常生活

《第50回》〜シルクロード・西域南道をゆく〜  その7

文・夢枕 獏

 我々は、まだ砂漠の中にいる。
 辰野さんと話をしているうちに、
 「この旅の記念に、歌を作ろう」
 ということになった。
 砂漠とシルクロードをテーマにぼくが作詞をし、辰野さんが作曲して笛を吹く。
 三日ほどかかって、詩ができた。
 砂の姫
 (一)
 瑠璃(るり)の盃(さかずき)
 夜光杯(やこうはい)
 敦煌(とんこう)
 楼蘭(ローラン)
 雲遥か
 驢馬(ろば)に揺(ゆ)られて
 どこまでも行(ゆ)きやる
 心ゆらゆら
 砂の海
 姫よ
 哭(な)いても聴(き)こえぬぞ
 碧(あお)き瞳は閉じられて
 幾千年の夢うつつ
 砂は語らず
 ほろほろ風の
 子守唄
 逃げ水
 陽炎(かげろう)
 蜃気楼(しんきろう)
 恋は哀(かな)しいぞ
 我も行(ゆ)きたや
 絹の道
 我も行(ゆ)きたや
 絹の道
 (二)
 玉(ぎょく)の盃(さかずき)
 馬頭琴(ばとうきん)
 崑崙(こんろん)
 ホータン
 ヤルカンド
 駱駝(らくだ)に揺られて
 どこまで行(ゆ)きやる
 心ころころ
 砂の底
 姫よ
 歌(う)とても聴こえぬぞ
 紅きくちびる閉じられて
 幾千年の夢のつつ
 天は語らず
 さらさら砂の
 子守唄
 逃げ水
 陽炎(かげろう)
 蜃気楼(しんきろう)
 恋は哀(かな)しいぞ
 我も行(ゆ)きたや
 絹の道
 我も行(ゆ)きたや
 絹の道
 なかなかいい詩でしょう。
 楼蘭の砂の中から、埋葬された女性のミイラ化した屍体が見つかった。
 高貴な女性──つまり、姫であったこの屍体は、漢民族ではなく、髪は金髪に近く、瞳の色も青かったであろうと考えられている。
 その・砂の姫・のことを思いながら書いたものである。
 この原稿を書いている二〇〇六年の一月九日現在で、この作曲はすでにできあがっている。なかなかいい曲になったと思う。
 二十一日──
 ホテルを出発。
 目的地は、ニヤである。
 iPodで、森繁久彌の歌を聴きながら、ホテルを出発。
 三台のジープに分乗して走る。
 最初はバザールまで。
 そこでウイグル茶を買うためである。
 旅の途中でいただいて、これがなかなかおいしかったものだから、ミナワさんに、
 「これをぜひ手に入れたい」
 と言ったら、
 「バザールで売っている」
 とのことでやってきたのである。
 ウイグル茶の店は、一見は薬草売りの店にしか見えない。店の前に、シナモンやら、香草やら木の実やら、ありとあらゆる植物の根や葉や茎が並んでいて、それをこちらで選ぶのである。それも、一種類や二種類ではない。
 十種類くらいを選ぶと、それをまとめて挽いて、眼の前で粉にしてくれるのである。
 その粉を茶碗に入れ、お湯を注ぐとウイグル茶ができる。
 なかなかエキゾチックで西域的なお茶である。
 ぼくはこれをふた袋ほど買った。
 市場で、どんぶりに入れたヨーグルトを売っていたので、これを買った。
 とてもひとりでは食べきれないので、何人かで、少しずつスプーンで飲む。
 「こうすると早いですよ」
 と、白鳥さんが、どんぶりを両手で持って、直接口をつけて飲み出した。
 「この場合、早いことに意味はないと思うんだけど──」
 と、すかさずツッコミを入れる。
 再び、車で出発──
 ぼくの相方は、寺田克也さんである。
 (つづく)


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