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お気楽派

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●《第三十回》アブダビコンバットに行ってきたぞ その1
●《第二十九回》困ったものである 
●《第二十八回》トルコ交信曲(後編) 
●《第二十七回》トルコ交信曲(前編) 
●《第二十六回》K‐1を観にゆき 世界平和について 考えている 
●《第二十五回》演出の魔術 
●《第二十四回》雅楽からシュートボクシング 
●《第二十三回》北国行感傷旅行 
●《第二十二回》今、万札を燃やしているのです 
●《第二十一回》このお金、原稿料からひいて下さい 
●《第二十回》玉三郎、天野喜孝と土をいぢって遊んだぞ 
●《第十九回》ビッグ・サーモンはおれのものだ 
●《第十八回》玉三郎、パンクラスどちらも必見だぜ! 
●《第十七回》鮎がおかしいぞ 
●《第十六回》 阿寒湖のアメマス釣り 
●《第十五回》 歌舞伎座から日本武道館まで 
●《第十四回》 出生率低下なるも北斗旗おもしろし 
●《第十三回》 陶芸にはまっとります 
●《第十二回》 おれは哀しいぞ 
●《第十一回》 北方謙三とワインを飲む 
●《第十回》 猪木引退の日に―― 
●《第九回》 最終小説 
●《第八回》 中井祐樹という格闘家(後編)
●《第七回》 中井祐樹という格闘家(前編)
●《第六回》 格闘技の現在形
●《第五回》 釣り助平軍団、ワカサギ隊
●《第四回》 心揺らしながらアルティメット
●《第三回》 私、四十六歳。おしっこちびりました。(後編)
●《第二回》 私、四十六歳。おしっこちびりました。(前編)
●《第一回》 ヒマラヤの屍体


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お気楽派

《第十一回》北方謙三とワインを飲む

 最近、ワインが流行っている。
  あちらこちらの雑誌でワインの特集をやり、本もたくさん出て、テレビ番組にもなり、ブームになってみると、実は私はずっと前からワインが好きだったのです、ほら、こんなにもワインのことをよく知っているのですよという人々も出現しはじめた。
  ちまたには、ワイン・バーなどというものが次々に現れて、このワタクシも行きました。行って、あれをやってきました。
  ほら、あれ、ワイングラスの脚をつまんでくるくるまわして匂いを嗅ぎ、 「けっこうでございます」
  と言う、あれ。
  テイスティングというやつ。
  ワタクシ、あれがたいへんにイヤでありました。けっ、なんだってんだよう。
  ワインのことも何もわからないのに、格好だけ真似して、ワインが劣化していたとしても、よほどの劣化でない限り、飲み慣れていない人間にはわかりようもないわけです。 「ワインを代えて下さい」
  と言う場合には、コワイ顔をしたソムリエと対決せねばならず、闘ってもとても勝てる相手ではありません。
  たまに、女の子とそういうレストランに行っても、あのセレモニーのことを考えると、どうも胸がばっこんばっこんとなってしまう――ワタクシ、そういう人間でした。
  ハーブの香りが、とか、土の匂いがとか、ビロードのような舌触りで、とか耳にすると、“けっ、ほんとかよそれ。土の匂いって、それ、ウンコの臭いじゃねえのかよ。ビロード?
  おめえ、なめたことあるのかよ。ありゃあ、なめてみりゃあ、ざらざらしたとんでもねえもんじゃねえかよ”
  と、心の中で思っていたのでした。
  それが、なんと、ついにこのワタクシまでもが、いつの間にかワインウィルスに侵略されて、テーブルに置いたワイングラスを平気でくるくるまわしたり、匂いを嗅いだり、いつぞや飲んだワインはうまかった。あれは、シャンベルタンであったとか、グラン・エシェゾーであったとかなんだか、わけ知りのことを言いはじめたりして、まったくどうなってんの。
  流行には、めったに流されたことなんてこのおいらにはなかったのに、今回限りは、どうも、この流行に流されてしまったワタクシがいるようなのであります。
  ああ、おれって単純。
  つい、このあいだも、北方謙三さんと対談した後、三軒もハシゴをして、ワインをがぶがぶと飲みまくってきてしまいました。あ、言っとくけど、がぶがぶ飲んだのは、おれよ、おれ。
  北方謙ちゃんは、ワインをがぶがぶなどといった、品のない飲み方はいたしません。
  それでも、最後に行ったお店では盛りあがってしまいました。
  カリフォルニアワインのベリンジャーの赤から始まって、シャンベルタンを飲み、果ては、ご主人がひそかに自室で隠し持っていたオーパス・ワンまで放出させて、おおいに飲みまくってしまったのです。
  お調子者のユメマクラと人気作家のキタカタがそろったら、もう、コワイものなどありません。
  もう、酔っておりますので、ユメマクラ、テイスティングなどコワくはありません。 「おれさ、獏ちゃんの書いた『神々の山嶺』読んだけどさ、よかったなあ。山岳小説を書いたらって、十三年前に初めて会った時、オレが言ったんだぜ。覚えてる?」 「覚えてますよう」 「あれ、読んだから言うんだけどさ、オレ、獏ちゃん好きだよう」 「おれも、好きでえす」 「獏ちゃん」 「謙ちゃん」
  テーブルの下で手を握りあってしまったのでした。
  こうなってきたら、もはやとどまるところを知りません。
  テーブルの上に乗っている、丸まったおしぼりをマイクにみたて、それをつまみあげて、北方サンにつきつけて、さっそくインタビューでございます。 「あー、北方センセ。このワインはいかがですか」
  すると、北方サンは、ぼくの手からマイクを受けとり、一方の手でワインの入ったグラスを持ちあげ、匂いを嗅ぎ、 「あー、これはですね。二十八歳で未亡人だなア。男は三人くらい知ってるねエ」
  くいっとワインを飲んで、 「いやあ、ご苦労されてますねえ。三〇から水商売に入って、いろいろがんばったけど、悪い男にひっかかって、たくさん泣かされてるねえ。でも、その苦労が色気になってるようで、つまりまあ、結論から言えば、今晩ひと晩お願いしたいようなワインですねえ」
  と、おっしゃるのであります。
  続いて謙ちゃんは、おしぼりのマイクをワタクシにつきつけて、 「獏ちゃんのはどうなの」
  ときた。 「あー、これはですねえ、十八歳で、新日本プロレス入門で、二〇歳の時にデビューしてますねエ。前座が長くて苦労いたしましたが、途中、悪役になる決心をして開きなおったあたりから、おいしくなってまいりましたねえ。女にフラれたのをバネにして、流血専門のレスラーとして、メインはとれないけれども、まあ、セミファイナルくらいまでは、もう二〜三年でいけるんじゃあありませんか」
  とワタクシは申しあげました。
  いやあ、受けましたねえ。
  ほんのひとしきりではありますが、こういうことで受けると、獏ちゃんも謙ちゃんも、本当に嬉しかったのでした。
  それにしても、オーパス・ワン、おいしゅうございましたねえ。
  三〇分のデキャンティングをせいと、知り合いに言われていたのですが、したら、みるみるうちに味がまろやかになって深みを増し、口あたりもよくなって、もう最高でありました。
  アメリカのカリフォルニアワイン、おそるべし、というところでござりました。
  しかしまあ――
  このワタクシが、まさか、ワインの話題で、お酒の席で受けをとる日が来ることを、いったい誰が予言したでありましょうか。 “あいつが始めるようになったら、その流行もそろそろ下火になったということだなァ”
  こんなことを言われてしまいそうでございます。
  つい先日も、銀座でワイン・ショップがオープンし、新聞広告などを見たら、ロマネコンティのビンテージもので、四〇万円はするシロモノが、二十八万円ほどで二十四本(だったと思う。記憶で書いている)、グラン・クリュのエシェゾーのビンテージが、やはり二十四本、その他にも、二十万、十万円もするワインを、客寄せのために、格安で数百本も売りに出すというのであります。
  一〇時オープンのところ、十二時くらいに電話をしたら、ロマネコンティが、 「五分で売り切れました」
  というのであります。 「何か残ってるんですか」 「全部売れて、残ってるのはモンラッシェが三本です」
  げげっ。
  日本っておそろしい。
  もし、飲みたいワインがあったら、今のうちに買っとかないと、いまにみんな百万円以上の値段になっちまうんじゃないの。
  というところで、今回は、ワインの話題だったのでした。

 

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