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1999年 |
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『SFマガジン』1999年6月号掲載。
SF MAGAZINE vol.516 |
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CROSS RIEVIEW |
谷甲州『エリコ』早川書房
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本誌〈SFマガジン〉で連載された谷甲州の『エリコ』が刊行された。連載で読んで
いた方は既にご存じだろうが、この作品はシーメールを主人公にした作品である。
そのこと自体は特に違和感はないし、今や珍しいことではない……。とはいえ、やっ
ぱりシーメールを主人公にした長篇は珍しいか。
なにより、これを書いたのが緻密な設定と徹底したリアリズムで〈土木SF〉と称せ
られる一連の作品群や本格SF「航空宇宙軍史シリーズ」、および骨太な冒険小説の
『凍樹の森』や山岳小説『白き神々の峰』などを発表してきた谷甲州が書いたことの意
外性の方が大きい。
本書の主人公〈エリコ〉は、二十二世紀初頭の大阪に住む高級娼婦である。
彼女の暮らす、この時代は、遺伝子工学が発達し医療手段としては勿論、山羊や牛の
角を頭蓋骨に植え付けたりするように、個人の趣味や嗜好としての人体改造が一般
化し た世界である。そして彼女が暮らす大阪は犯罪組織や、いかがわしい商売を生業とする
人々が暮らす地区を抱えた無国籍都市なのだ。
この街でエリコは幼なじみでマッチョなガールフレンドの胡蝶蘭と暮らしているが、
ふとしたことから警察と中国系犯罪組織〈黒幇〉との抗争に巻き込まれ、理由もわから
ぬまま双方から追われることになる。
やがて、十六歳で性転換した彼女自身が、この抗争の背後にある巨大な謎の鍵を握る
存在であることが明らかになり、黒幇に捕らえられたエリコは上海の魔窟で思いがけな
い人物に出会うことになる……。
エリコの性転換を担当した無免許医師が、エリコの遺伝情報を使って男性版クローン
をつくり、老いた黒幇のボス〈ロー〉に献体していたのだ。
脳移植によって、若い肉体を手に入れたボスだったが、原因不明の急激な老化が始ま
ったために、自分のクローン(エリコの孫クローン)を造り、さらに乗り換えようとし
たが、遺伝子情報の誤複写からか、一体を除き失敗していた。そのためエリコをナノテクマシンによって受胎可能にし、自分の子供を出産させ、その子供に乗り換えようと計画していたのだ。ローの魔手を逃れたエリコは再び大阪へ戻るが、今度は日本政府に追われることになる。エリコが性転換の依頼をした無免許医師は、日本政府が国家機密としている最先端の遺伝子工学を開発していた男で、そこから持ち出された技術によってエリコの性転換は行われていたのだ。
やがて、逆襲に転じたエリコは、計画の推進人物である男を捜し出し、月面都市へ乗り込むことになる。
かように性転換手術から始まったストーリーは壮大な展開をみせる。
本書にはシーメールである主人公のエリコを筆頭に、ギャング、刑事、官僚、無免許
医師、動物と人間のハイブリット、レズビアン、ハッカーと多彩な登場人物が登場し、
エリコはそれらの主要な登場人物のほとんどと性交渉をもつ。
画期的な設定である。
本書にはセックスが溢れているのだ。そういえば感覚通信のために開発された全身型
スーツを纏ってコンピュター・ネット上でのセックスや獣姦さえも登場する。
さて、こうやって本書の概要を述べているとポルノのパロディか露悪的なカウンター
カルチャー小説と混同されそうだが、不思議とそうのような感想にはならない。それ
は、本書のストーリーが遺伝子工学を巡る国家規模の陰謀に巻き込まれた人間の戦いを
描いたものであることと、エリコのセックスには、退廃の気配が希薄なのだ。それはレイプを除けばエリコがセックスの相手に対して共感があるからであろう。男性である評
者には、そう思えた。
セックスを語ることは難しい。己のセクシャリティが露わになる恐怖があるからな
のだが、多分、作者はそれをも含めて楽しんでこの作品を書いたのではないか。
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SF BOOK SCOPE /JAPAN |
1、石川 好、『南海の稲妻 大和の虹』、岩波書店、2,600円
2、是枝裕和、『小説ワンダフルライフ』、早川書房、560円
3、夢枕 獏、『新・魔獣狩り6 魔道編』、祥伝社、800円
4、松浦秀昭、『大江戸爆裂攻防記』、朝日ソノラマ、570円 |
書店で石川好の『南海の稲妻 大和の虹』をみたとき購入するかどうか迷った。作者、
石川好の名前だけは知っているが、その作品を読んだことがなかったからだ。ましてや
六〇〇頁を超える書き下ろしの大冊である。いささか腰が引けるのも無理もないことで
あろう。翻意して購入したのは、帯にあった〈第一章 縄文オタツ婆さんの島〉から始
まって〈第六章 義なる者は大地を持てり〉、〈第十章 コメ国の黒曜石〉、〈第十一
章 満州残映〉とつづく章タイトルに惹かれたからである。
舞台は現在の少しだけ未来の二十一世紀初頭、伊豆諸島の大島から始まる。ストーリ
ーは、その昔、大島に住み着いた不思議な男に連れ去られた少年のことを語る老婆のエ
ピソードから幕を開け、やがて現在の中国、ハワイ、南北アメリカへと拡がり、歴史を
遡って満州、ハワイ王朝、南米へと行き来する。登場人物も多彩で、世界を放浪して久
しぶりに日本に帰った男やアメリカ副大統領の有力候補、アメリカンフットボール花形
選手だった男、麻薬組織のボスとなった男や「五族協和、王道楽土」をスローガンにし
た満州国の再生を夢見る男が登場し、作者はそれら登場人物の行動を平行して描いてゆ
く。彼等の行動は、この世紀を総括し、新たなる経済と政治を語ろうとするものだ。
作者は本書に奇想のようでありながら、歴史的な正当性を備えた計画や実現可能なテ
クノロジーを用いた産業プロジェクトなどを大胆に盛り込んでいる。そして、それらを
マジック・リアリズムの手法で滑稽に描きながら、生命賛歌を奏でようとしているのだ。
縄文人が使っていたとされる黒曜石のアクセサリーを鍵にしたストーリーの運びに疑問を感じるし、血の繋がりをクライマックスに持ってきた構成には違和感を感じないでもないが、滑稽でいささか猥雑な登場人物たちの活躍は、読み出したら止まらない魅力がある。
是枝裕和の『小説ワンダフルライフ』は同名の映画を監督(脚本・編集も)自らノベ
ライズしたものである。映画は未見だが、表紙や口絵に用いられた鎌田正義によるノス
タジックなスチール写真で雰囲気はわかる。
本書は亡くなった人間が七日間、滞在する場所を描いたファンタジーである。そこは
古い役場のような学校のような場所で、そこには死者と面接し、一番大切な記憶を選ぶ
手助けをする職員たちがいる。
死者はここで自分の人生の中から、大切な思い出をひ とつだけ選ぶ。それを職員が再現して映画に撮り、最終日には上映会が開かれるのだ。
職員たちは死者たちが改めて自分の一生を振り返り、後悔し、やがて楽しかった思い
出を語るまで根気よく手助けをする。
初めての小説ということもあって、描写や文体のリズムはややぎこちないが、それら
も読み進むうちに違和感はなくなり、宗教的に特定できないこの不思議な場所にリアリ
ティさえ感じるようになる。死後思い出を選び、再現する場所を設定した着想の手柄で
あろう。
松浦秀昭の『大江戸爆裂攻防記』は、一見、天下太平の江戸時代だが、実は空のかな
たから飛来するUFO〈虚船〉の脅威があり、その虚船と戦う秘密組織〈青奉行〉との暗闘
があったという設定で描かれた『虚船』の続編。
個人的にこの設定にはまってしまっ ていて、本書は待望の続編登場である。本書では、主人公の浅葱が名古屋へ転勤した後
の江戸を舞台に新たな戦いが展開される。
夢枕獏のサイコダイバー・シリーズ最新作『新・魔獣狩り6』が出た。空海のミイラが高野山から盗み出されたことから始まった伝奇長篇だが、本書はシリーズとしては18巻目である。近未来の日本を舞台にスタートした、この長大な物語は、ここにきて空海を筆頭に、時空を遙かに超えた三星堆遺跡の仮面
や徐福伝説をも巻き込んで、なお拡大をつづけている。
本書では、前巻で魔獣から人の姿に甦った黒御所が強烈な存在感を放っていて、朧気
ながら、このシリーズ着地点が見えてきたように思える。
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