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1999年 |
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『SFマガジン』2001年9月号掲載 |
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SF BOOK SCOPE /JAPAN |
1)平谷美樹『運河の果て』角川春樹事務所
2)京極夏彦『ルー=ガルー 忌避すべき狼』徳間書店
3)藤木稟『テンダーワールド』講談社
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昨年、第一回小松左京賞を受賞した平谷美樹の『運河の果て』を読み終えた。小松左京賞を受賞した『エリエリ』では二十一世紀中頃を舞台に〈神〉あるいは〈絶対者〉の探求をテーマにした平谷だが、本書では火星のテラ・フォーミングが成功した二十九世紀を舞台にして宇宙における生命の尊厳をテーマに選んだ。
この時代、人類の宇宙進出は月と火星への植民を経て、木星周辺の外惑星の開発がおこなわれている。火星は三〇〇年をかけてテラ・フォーミングされ、すでに火星で生まれた人類が中核を担う時代に入っている。一方、外惑星に進出した人々は木星とカリストの重力安定点に建設された無数の宇宙都市に住み、地球・火星連合からの独立準備を始めていた。これが、本書の語られるものがたりの政治的背景であるが、まあ、これは既に幾多のSF作品が用いてきたフォーミュラーであり、珍しいものではないのだが、後で述べる部分をのぞいてはリアルに描写されている。
本書は、ふたつの視点から描かれる。ひとつは、この政治的背景から生まれる外惑星連合の女性議員の視点から描かれる一種の謀略小説的な視点。そして、もうひとつは、火星考古学者トシオ・イサカとその周囲の人間による火星の謎をめぐる視点である。
このふたつの視点から描かれるストーリーの流れは、やがて合流しクライマックスを向かえるのだが、本書の読ませどころは何と言っても、様々な遺跡の発見から「人類が地球に誕生する以前に、火星には現在の人類に匹敵する高度な文明を築いた炭素型生物がいた」という設定にある。
では、火星人および火星起源の生物が消えた理由は何か……。
その謎の解をここに書いてしまうとミステリにおける犯人特定と似たことになってしまうので、ここでは説得力があるとだけにしておこう。
本書でもうひとつおもしろかったのが、火星で「モラトリアム」という制度が導入されているところである。これは開拓者の星=火星では、個人の選択を重視する気風があり、両親が生まれてくる子供自身に性別の決定を委ね、十四歳で女・男・両性具有のいずれかを自らが選択するというものである。周囲の反応も含めて興味深い制度であり設定である。
この壮大な作品を読み終えて、少々気になったことがある。
まず、SF的な設定では、火星の重力の問題にほとんど触れられていないこと。登場人物の造形では、ほとんどの人間がナノテクによって脳内に通信とコンピュターを内蔵している二十九世紀に生きる人々の嗜好や倫理感が現代とほとんど変わらない点である。意欲的な作品なので指摘しておきたい。
京極夏彦の『ルー=ガルー 忌避すべき狼』は、二十一世紀半ばが舞台。清潔で無機的。仮想的で均一化された近未来の都市でおこった少女連続殺人を描いた異色作。ストーリーは謎の連続殺人をめぐって展開され、クライマックスでは痛快な活劇が展開される異色作だ。
登場する少女たちそれぞれの個性とそれを取りまく複数の登場人物を見事に描き分ける筆力と、クライマックスへの盛り上げには迫力があり、ぐいぐい引き込まれる。
また、本書で描かれる無機的で荒んだ近未来社会は、間違いなく現在と繋がった場所として描かれているので、そこに生きる個人の感性がリアリティを持っている。その意味では戦後の混乱期を舞台にした京極堂シリーズも、未来を舞台にした本書も、等しく京極夏彦世界を構築して弛みがない。
藤木稟の『テンダーワールド』は、世界で爆発的に流行するインターネットゲーム「ゴスペル」を核にした迷宮小説『イツロベ』の続編。本書ではラスベガス郊外に建設された巨大ネットシティとそこに隣接したスラムが主な舞台。去勢された男女の変死体の謎を追うFBI捜査官とレポーターは、やがてペンタゴンが封印した「ゴスペル」の謎に辿りつく。ミステリ的なストーリーに神話・伝説から最先端の生物学、コンピュータ理論に至るまでの成果を挿入した力作であるが、作者が意識的に合理的解決を避けているため、女性科学者ロザリーを中心にしたこの連作の全貌は未だに見えてこない。
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