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『SFマガジン』2000年8月号掲載
SSF MAGAZINE vol.532/08/2000 |
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SF BOOK SCOPE /JAPAN |
1、小笠原 慧、『DZ』、角川書店
2、北川 歩実、『影の肖像』、祥伝社
3、山口 泉、『永遠の春』、河出書房新社
4、梓澤
要、『遊部』(上下巻)、講談社
5、中島 らも、『バンド・オブ・ザ・ナイト』、講談社
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最近では「ヒトゲノム解読、仕上げ段階入り」、「米ベンチャー企業
ヒト遺伝子6万5000個発見
ネットで情報販売」といった見出しを新聞の一面で見かけるようになったし、図らずも遺伝子を扱ったグレッグ・ベアの『ダーウィの使者』とソウヤーの『フレームシフト』がほぼ同時に翻訳出版されたりと、クローン羊誕生のニュースを発火点として、内外共に庶民レベルでも遺伝子、広くはバイオテクロジーに対しての関心が高まっている。
もちろん、鋭敏な作家の創作意欲を刺激する段階とマスが興味をもつ段階は異なるだろうが、目に見えない遺伝子に生物としてのヒトが支配されているという認識は確実に浸透している。
小笠原
慧の『DZ』は、第二〇回横溝正史賞受賞作。読者は、異なった土地での事件を読み進んでゆくうちに、事件の背後に見え隠れするヒトの進化の可能性に気付くことになる。
本書は、一九八〇年のヴェトナム共和国で幕を開ける。医師から奇胎妊娠の疑いがあるため堕胎を進められた女性は、病院を抜け出し、行方をくらます。やがて沖縄本島付近を漂流する難民船の中には、ひとりの妊婦がいた。数年後、米国の田舎町で、惨殺された夫婦が発見され、五歳の少年が行方不明になるという事件が起きる。
舞台は現代に移り、遺伝子研究のため米国の大学に留学中の石橋は、帰国が迫っているのに成果が上げられず苦悩していた。そんな石橋にある日、同僚で天才的研究者グエンから霊長類の核移植による遺伝子操作の共同研究が持ちかけられた。あせる石橋はグエンの申し出を受け入れるが、実験をつづけるうちにグエンの行動に疑問を抱き始める。
日本では、石橋の恋人、涼子が医師として重度障害者施設に勤務し始め、そこで精神分裂症の早期発症と診断された不思議な少女、沙耶に出会う。
夫婦殺害・少年失踪事件を追う刑事。沙耶の介護を献身的に努める涼子。このふたつのストーリーが、やがて人類進化という大きなテーマでクロスする。本書は、ヒトゲノム計画の完了を目前に控えた現代の最新知識を駆使したサスペンス・スリラーだ。
北川歩実の『影の肖像』も、《遺伝子》《クローン》といった概念が普及した現代ならではのミステリ。理工書編集者・作間が巻き込まれる連続殺人事件が描かれるが、作間の幼なじみで恵沢大学、理学部助教授の川名千早に殺人の嫌疑がかけられたことから事件は、意外な方向に展開する。SF的な道具立てはほとんど登場しないが、事件の底流には、常に《ヒトのクローンが密かに実現している可能性》が配されていて、読み手のクローンに対する生理的な忌避感を刺激する構成が巧みで、奇妙な緊迫感が最後まで途切れない佳作だった。
山口泉の『永遠の春』は、作中作品や様々な引用が重層的な効果を生む実験的なスタイルを用いて、生殖が偏狭なイデオロギーによって国家的な管理を受ける状況を描いている。
資本主義があまねく世界を覆った現在を《新しい中世》と認識する作者の視点は切実であり、本書では利己的な倫理観に基づいたエコロジー思想やフェミニズムの愚かさと怖ろしさが印象深い。
中島らもの『バンド・オブ・ザ・ナイト』は、酒と性愛とドラッグに耽溺する主人公の一人称で描かれる作品だが、その核となるのは、ドラッグによって主人公に訪れるイメージの奔流を描くパートにある。これはもはや日本語による小説表現の極北であろう。
残念なのは、読者(特に中島らもの熱心な読者)には、本書で描かれる主人公のドラッグ地獄巡りが、アルコール依存症を描いた名作『今夜、すべてのバーで』に連なる作者の自伝的なエピソードを連想させてしまい、本書に描かれる地獄巡りを読み進みながらも、酒もドラッグも本当に主人公(作者)を捕らえることはないとの了解がすでになされていることであろう。
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クロスレビュー三雲岳斗『M.G.H』徳間書店 |
第一回日本SF新人賞を受賞した 三雲岳斗の『M.G.H』を読み終えた。
日本SF新人賞は、日本SF作家クラブが主催し、徳間書店が後援する新人賞である。かって小松左京、半村良から野阿梓、神林長平らを見い出したハヤカワSFコンテスト以来の、久々に設立されたSF作家への登竜門となる新人賞だ。審査経過の記事によれば、『M・G・H』は応募総数二七三作の中から選ばれた受賞作であり、本書はその単行本化である。
本書『M・G・H』を読み終えて、ふと小学生の頃に読んだ名探偵ホームズの短篇を思い出した。確か「赤毛同盟」だったと思うが、小学生のわたしに初めて《ものがたり》に登場する不思議な謎を論理的に解き明かしてくれた作品だったからだ。本書は宇宙ステーションを舞台にしたSFミステリなのだが、何より不可能犯罪のトリックに魅力があり、それを解き明かすまでの伏線が見事なのだ。
本書の舞台となるのは近未来。基本的には現在のテクノロジーの洗練された延長にある世界なのだが、後に五日間戦争(ウイークディ・ウォー)と呼ばれるほど、わずかな間に終結した局地的な核戦争を経た時代だ。
大学院の材料工学研究室で助手をつとめる鷲見崎凌(すみさき
りょう)は、夏休みのある日、従妹の森鷹舞衣(もりたか
まい)に日本初の多目的長期滞在型宇宙ステーション「白鳳」へ誘われる。白鳳にはホテルとしての機能もあり、とてつもない料金さえ支払えば民間人も宿泊も可能なのだ。
舞衣の姉、鳴美は、かって凌の恋人であったが、五日間戦争に巻き込まれ今は亡い。凌に惹かれる舞衣は、結婚予定のカップルを招待する政府の出生率低下対策事業キャンペーンを利用して凌と仮初めの新婚カップルになろうというのだ。
舞衣のペースに嵌められた凌だが、白鳳は世界でも類をみない民間人の宿泊が可能な宇宙ホテルであり、無重力状態での合金実験施設が公開されている数少ない場所なのだ。凌にとっては、なにより材料工学の世界的権威、朱鷺任数馬(ルビ:ときとうかずま)博士がいる場所とあって、舞衣に抵抗はできなかった。躊躇する凌とはしゃぐ舞衣は航空宇宙開発公社に勤務する加藤浩一郎と優香夫妻、人気ミュージシャン瀧本拓也と女優の水縞つぐみのカップルと一緒にオービターで衛星軌道上の白鳳に到着するが、凌と舞衣はそこで不思議な事件に巻き込まれる。
二人が、停電で停止したエレベーターから出た時に出会ったのは、人工重力モジュールと、隣接する無重力ホールを漂う予圧服を着た死体だった。やがて予圧服に覆われた死体は、墜落死したような状態の副所長瀧本博士であり、その捜査中にまたも二人の目前で、事件が起き、地上からは、もちろん隣接する宇宙ステーションからも遠い白鳳で、つづけて殺人事件に遭遇した凌と舞は、やむなく犯人探しに乗り出すことになる。
宇宙ステーションで起きた謎の殺人事件という本書の設定は、ミステリでいえば、《洋上の豪華客船内で起きた》あるいは《雪か嵐で広大な屋敷閉じこめられた中で起きた》と道趣向である。つまり、巨大な密室を構築しなければならないので、このような作品の宿命として、登場人物の紹介や背景を読者に提示し、作品世界に読者を巻き込むまでが長くなりがちだ。さらに本書は宇宙が舞台のために、なお長くする必要があったにも関わらず、それが冗長になっていない。すべて《無重力空間に浮かぶ墜落死体》という魅力的な謎を、読者に充分にイメージさせる前奏になっている。
難をいえば、探偵役となる凌と舞衣の関係に類型的な印象が残るし、人間的な情感が欠落した凌の設定も浅いように思われるが、それは、広範囲の読者を獲得するために、したたかな作者の戦略とも思える。
まずは、才能あふれる新人作家のデビューを祝おう。
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