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1999年 |
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『SFマガジン』2000年3月号掲載
SF MAGAZINE vol.526/03/2000 |
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SF BOOK SCOPE /JAPAN |
宇月原晴明、『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』、新潮社、本体1,600円
森青花、『BH85』、新潮社、本体1,300円
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新人発掘を目的にした文学賞は多数あるが、評者が毎回注目しているのが広義のファンタジーを対象にしている日本ファンタジーノベル大賞である。優れた書き手と作品を選出するという実績では日本ファンタジーノベル大賞は上位になるのではないか。
そのレベルの高い日本ファンタジーノベル大賞第十一回の大賞受賞作は、宇月原晴明の『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』である。また、優秀賞受賞作には森青花の『BH85』が選ばれ、加筆を経て出版された。
宇月原晴明の『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』は、日本史上、もっとも非凡で独創的、そしてもっとも不可解な信長をもっとも魅力的に描いた野心溢れる伝奇小説である。
一九三〇年初夏のベルリンで、詩人であり、演劇人、俳優でもあるアントナン・アルトー(一八九六-一九四八)は、シリアに生まれ、一四歳でローマ皇帝になりながら、一八歳で暗殺されたヘリオガバルスの物語を構想していた。ある日、アルトーは端正な日本人青年総見寺の訪問を受ける。
総見寺は自身が信長に仕えた闇の導師・堯照の家系であること、その家系の口伝には信長が「両性具有」であったこと、古代シリアに発生した「霊石信仰」が、全ユーラシアの神秘の終着駅日本にもたらされた由来を語り、ローマ皇帝・ヘリオガバルスと日本の王・信長との洋の東西、時空を越えて共通する「霊石信仰」についての共同研究を申し出る。
以後、第二次世界大戦が間近に迫るヨーロッパに在るアルトーは、総見寺からの書簡と思索によって日本の戦国時代へ没入する。
戦国時代を書く作家にとって、信長という存在は、その不可解さにおいて魅力的であると同時に避けて通れないやっかいな存在でもある。あまたの物語の中で述べられる信長は、あまりに同時代人とは異質であるためか、分裂した人間のように感じられることがある。
作者は、このように従来の日本的な発想では理解できなかった信長の行動を『武功夜話』『信長公記』などの伝記に散らばる謎を次々に明らかにしながら、誰も描かなかった妖しく蠱惑的な魔将・信長が、秀吉らのまつろわぬ者たちを操って今川義元、武田信玄、上杉謙信等、戦国の巨将たちと如何に戦ったのかを描いていゆく。
ヘリオガバルスと信長が霊石信仰を挟んで語られる第二次大戦前のヨーロッパにおけるアルトーのパートも、謎めいてエロティックだ。ヨーロッパ社会に現れた総見寺の存在と、アルトーを取り巻く芸術運動の流れが興味深い。
本書は信長の魅力を語ることにおいては、プルターク『英雄伝』、スタンダール『ナポレオン』など、東西の古典を縦横無尽に引いて、信長を世界史の中の人物と対比して、そのスケールに迫っている秋山駿の『信長』に匹敵し、伝奇小説としては、日本史の狭間に見え隠れする謎の一族を描い半村良の『産霊山秘録』に匹敵する傑作である。
いっぽう森青花の『BH85』は、なんともほのぼぼとした人類滅亡譚。
水木恵は養毛剤「毛精」を主力商品にする毛精本舗でユーザーからの電話を受ける係りを担当している。ある日「みるみる髪が生えてきた!」という電話があった。害はないが効き目もないはずの養毛剤で、毛が生えたことに驚いた製造元が調査をすると、原因は研究員の毛利が実験段階の養毛剤「BH(*ルビ:バイオヘアー)85」を紛れ込ませたものだった。やがてBH85は爆発的に増殖を始め、接触した人間や植物などのあらゆる生物と融合してひとつの生命体として地球を覆っていく。なぜか融合しない水木や毛利など一握りの人類は一緒に暮らしはじめるが……。
本書には久しぶりにユーモラスでやさしく、皮肉なスラップスティツクを読んだ満足感がある。
吾妻ひでおのイラストがいい。
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