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ブックレビュー
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2002年
1月

藤崎慎吾『蛍女(ルビ:ほたるめ)』他

   
2001年
1月

平谷美樹:『エリ・エリ』他

2月 日本SF作家クラブ:編、『2001』他 
4月 北野勇作:『かめくん』他
9月 平谷美樹:『運河の果て』他
10月 筒井康隆:『天狗の落とし文』他
11月 岬兄悟・大原まり子:編
『SFバカ本 人類復活編』他
12月 津村 巧
『DOOMSDAY--審判の夜--』他
   
2000年
1月 川端裕人之:『リスクテイカー』他 
2月 牧野修:『忌まわしい匣』他 
3月 宇月原晴明:『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』他 
4月 清水義範:『二重螺旋のミレニアム』他 
4月
(増刊号)国内SF年ベスト20作品ガイド 他 
5月 恩田陸 :『月の裏側』他 
6月 夢枕獏:『陰陽師 生成り姫』他 
7月 池上永一:『レキオス』他 
8月 小笠原 慧:『DZ』他 
9月 菅浩江:『永遠の森 博物館惑星』他 
   
1999年
1月 川端裕人之:『夏のロケット』他
2月 松岡圭祐:『水の通 う回路』他
3月 涼元悠一:『青猫の街』他
4月 岡本賢一:『鍋が笑う』他
5月 森岡浩之:『夢の樹が接げたらなら』他
6月 谷甲州:『エリコ』他
7月 神林長平:『グッドラック』他
8月 牧野修:『偏執の芳香』他
9月 草上仁:『東京開化えれきのからくり』他
10月 藤木稟:『イツロベ』他
11月 古川日出男:『沈黙』他
12月 我孫子竹武丸:『屍蝋の街』』他
   

幻想図書館 ブックレビュー
『SFマガジン』2000年9月号掲載
SSF MAGAZINE vol.533/09/2000
クロスレビュー 菅浩江『永遠の森 博物館惑星』
 
 菅浩江の『永遠の森  博物館惑星』は、一九九三年から一九九八年にかけて本誌《SFマガジン》に発表された八つの短篇に、書き下ろし「この子はだあれ」を加えた連作短篇集だ。  
本書の舞台となる惑星《アフロディーテ》は、オーストラリア大陸なみの面積を持った巨大博物館だ。かって小惑星帯から運ばれた岩石を広大な窪地は海洋に、急峻な出っ張りは山に仕立て上げられ、重力とエネルギーはマイクロ・ブラックホールによってまかなわれ、地球と月の重力均衡点のひとつに浮かんでいる。  
ここは、人類が手に入れられる限りの動植物、美術品、音楽や舞台芸術を網羅するために造られ、それらにとって最適の環境を実現するために最先端の科学技術が導入されている。《アフロディーテ》には、音楽・舞台の管轄部署《詩と音楽の神々(ミューズ)》、絵画・工芸の管轄部署《知恵と技術の女神(アテナ)》、《動植物の農業の女神(デメテル)》という三美神に喩えられる三部門があり、それぞれに専門のデータベース・コンピュターと学芸員がいる。  
本書の主人公・田代孝弘は、広範囲で膨大な博物館苑アフロディーテを統括するために、肉体改造をして三部門の上位に位置する直接接続対応データベース・コンピュター《記憶の女神(ムネーモシュネー)》を駆使する総合管轄部署《美の男神(アポロン)》のエリートであるはずなのだが、心優しき管理職タシロは、天下り所長の案山子ことコリンズや所蔵物の研究・管理、企画展示の運営などをおこなう三部門の学芸員から持ち込まれる様々な難題に巻き込まれ、所長秘書だった新妻・美和子の待つ家にもなかなか帰れない多忙の日々を送っている。  
本書を読み終えて、まず感じたのが、連作短篇集としての構成の見事さである。収録順に「天上の調べを聞きうる者」「この子はだあれ」「夏衣の雪」「享ける形の手」「抱擁」「永遠の森」「嘘つきな人魚」「きらきら星」「ラヴ・ソング」となっているのだが、全体が《九十七鍵の黒天使》と呼ばれるピアノと伝説的なピアノ奏者を軸にしていて、「天上の調べを聞きうる者」から始まって、途中に独立した短篇としても優れた作品による様々な事件が挿入され、それらを通してのタシロの成長や、新たな芸術の分野を提示しつつ最終話「ラヴ・ソング」へと見事に繋がる。  
そして、本書の隠しテーマは、タシロと妻ミワコとの関係性である。全体を通して二人の関係が穏やかに、しかし劇的に変容していく様がいい。互いを必要とするカップルに成長する結末が見事だ。  
初出が一番早い「天上の調べ……」の本誌掲載が93年なので、おそらく作者の構想は、当時から急速に進みつつあったコンピュターとインターネットがあり、同時にバブル期の八〇年代後半に企画され、九〇年代前半に建築ラッシュとなった、美術館を含めた様々な博物館にあったのではないだろうか。  
それは、ゼネコンの時代の象徴のようなこれらの建造物への嫌悪であり、それらのイコンとしてバブル・マネーによって世界中から買い集められ、それらにバラバラに収蔵された作品への同情があったのでないか。  
美術・芸術に一家言を持つ身でなくても、いくつかの作品を収蔵し、企画展を夢想しない者はないだろう。《アフロディーテ》は理想の美術・博物館なのだ。評者は、本書を読みながら、足を運ぼうと思いながらも日常の雑事に追い立てられるままに見逃してしまった幾つかの絵画展、企画展示の数々が浮かんでは消えた。  
先に書いたように本書は見事な連作短篇集だが、短篇それぞれにうまくSF的設定が生かされいて楽しめ、作者得意の芸道物としても見事な「夏衣の雪」。長い時を経て男女の愛憎が昇華する表題作「永遠の森」。個人の情熱と時の流れの残酷さを描いた「抱擁」など、独立した短篇としても見事な作品揃いだ。  
本書は、菅浩江の才能と作家としての充実を物語る一冊であり、現時点での代表作だ。

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