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お気楽派

下のタイトルをクリックすると各エッセイを回覧できます
●《第三十回》アブダビコンバットに行ってきたぞ その1
●《第二十九回》困ったものである 
●《第二十八回》トルコ交信曲(後編) 
●《第二十七回》トルコ交信曲(前編) 
●《第二十六回》K‐1を観にゆき 世界平和について 考えている 
●《第二十五回》演出の魔術 
●《第二十四回》雅楽からシュートボクシング 
●《第二十三回》北国行感傷旅行 
●《第二十二回》今、万札を燃やしているのです 
●《第二十一回》このお金、原稿料からひいて下さい 
●《第二十回》玉三郎、天野喜孝と土をいぢって遊んだぞ 
●《第十九回》ビッグ・サーモンはおれのものだ 
●《第十八回》玉三郎、パンクラスどちらも必見だぜ! 
●《第十七回》鮎がおかしいぞ 
●《第十六回》 阿寒湖のアメマス釣り 
●《第十五回》 歌舞伎座から日本武道館まで 
●《第十四回》 出生率低下なるも北斗旗おもしろし 
●《第十三回》 陶芸にはまっとります 
●《第十二回》 おれは哀しいぞ 
●《第十一回》 北方謙三とワインを飲む 
●《第十回》 猪木引退の日に―― 
●《第九回》 最終小説 
●《第八回》 中井祐樹という格闘家(後編)
●《第七回》 中井祐樹という格闘家(前編)
●《第六回》 格闘技の現在形
●《第五回》 釣り助平軍団、ワカサギ隊
●《第四回》 心揺らしながらアルティメット
●《第三回》 私、四十六歳。おしっこちびりました。(後編)
●《第二回》 私、四十六歳。おしっこちびりました。(前編)
●《第一回》 ヒマラヤの屍体


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お気楽派

《第二回》 私、四十六歳。おしっこちびりました。(前編)

  感動的な体験をしたのであります。
  おしっこをちびってしまったのであります。ちびるなどという可愛い表現はしておりま すが、はっきり申しあげれば、私、おしっこを漏らしてしまったのであります。しかも、 これは寝ながらのことであり、つまり寝小便のことであります。ようするにこれは、痩せ ても枯れても、“おねしょ”のことなのであります。
  嗚呼……  私、夢枕獏は、四十六歳にして、夜、寝ながらにして、お布団の中に、おしっこを漏ら してしまったのであります。
  しかも、これは、我が家でのことではなく、他人のお宅に泊まった晩のことであり、昼 に会ったその家の御主人に、 「ども、ユメマクラバクです」  などと御挨拶をして、サインをした私の本などをお渡しした夜のことなのでした。
  この体験、あまりに異常。
  しかも感動。
  そのディティール、私、はっきりとした手触りをもって覚えているのであります。
  私はこれを書きたい。ぜひとも原稿として残しておきたい。作家として生まれ、自分の 体験を文章にして表現するという才を天より与えられた人間として、これを書き記してお くのはまさに、天命であると心得、以下に正直に皆様にお話申し上げる所存なのでありま す。この文章をもって、去るファンがいるのなら去らば去れ。これを読んで、去ってゆく 女の子がいるのなら、それもやむなし。太い覚悟をもって、この事実をば書き記すつもり の私なのでした。
  今年(一九九七年)の十二月一日、私は、友人ふたりと共に、九州は五島列島の奈留島 に釣りに出かけたのであります。
  メンバーは絵本作家のN、北海道釣りマスターS、そして私夢枕。我々は、Nの友人の 漁師さんY氏のお宅にやっかいになることになり、十二月二日より男四人の自炊生活に入 ったのでありました。
  さて、着いた当日(十二月二日)、風は強く波高く、気温はこの冬一番の冷え込みで、我々 は出漁を取りやめて、一日、囲炉裏を囲んで、お酒を飲んですごしたのでありました。
  ビールを飲み、濁り酒を飲み、焼酎を飲み、すっかりよい心もちになって、我々は寝床 に入ったのでありました。
  囲炉裏の周囲に布団を敷いて、四人がおもいおもいの眠りについたのでした。
  最初に、その異変に気づいたのは、私の右手でありました。
  腹の上に載せた右手に、奇妙なる感触があるのであります。何やら、濡れているものに 触れているようなのであります。 “あれ、これはナンダロウ……”  眠りながらに、半覚醒の状態で、その奇妙な感触のもののことを考えております。
  そして、ふいに、私は、気づいたのでありました。 “これ、もしかしたらおしっこではないだろうか”  そのことに思いあたった途端、ほぼ瞬間的に、私、目覚めておりました。
  指先でさぐりますと、この濡れ具合、汗にしては多い。私の脳裏にまず浮かんだのは、 どうか汗であってほしいという願望でありました。眠っている時に、たくさんの汗をかき、 下着などが濡れたようになるということは、まるで、ないことではありません。
  しかし、現実は非情であり、私は、私の下着やTシャツを濡らしているものが、どう考 えてもおしっこ以外のものであることなどはあり得ないということを認識せざるを得なか ったのであります。
  私の胸に去来したのは、 “まさか”  という言葉であり、 “いったい何故このおれが”  という、安っぽいドラマで、登場人物が窮地に陥った時に必ず吐く台詞でありました。
  そして、私は、その時になって、ようやく思い出したのでした。何をか。夢のことです。 しばらく前に、私、夢の中でおしっこをしておりました。
  しかし、してもしても、いっこうにおしっこを排泄し終えたという終了感が訪れず、こ れでもかこれでもかと、私、意地になって信じられないほど長時間に渡っておしっこをし 続けていたのであります。思えば、これは、身体的欲望と、四十六歳の分別が、夢のなか で激しく闘っていたのですね。そして、ついに、一方が勝利し、一方が負けてしまったと いうわけなのです。私にとっては、本当に悲しい敗北なのでした。
  どうしようか、と私は考えました。
  私の頭にまず浮かびあがってきたのは、 “これを隠しきることができるであろうか”  という思いでございました。
  なんとか、おねしょをしてしまったことを隠し通すことはできるであろうか。
  答えは、 “できない”  でありました。
  できません。朝になれば、布団はたたまれることになり、その時にわかってしまいます。
  これが、旅館やホテルであれば、バケツの水をおもいきりぶちまけて、別の事故に見せ かけたり、あるいは人知れず洗濯をしたりして、被害を隠すこともできましょう。あるい は、知らぬ顔でチェックアウトをし、二度とその宿泊施設を使わないという方法論もあり ます。
  しかし、ここでは、隠し通すことも、夜中に人知れず洗濯をしたり、乾かしたりできる ものではありません。
  では、どうするか。
  どうすればよいのか。
  私、小説のアイデアを考える時よりも真剣に考えたのでございます。
  と、ここまで書いてまいりましたら、ややや、スペースが足りなくなってきてしまった ではありませんか。なんと、私、自分のおねしょの話を、前後、二回にわけて書かねばな らなくなってきてしまいました。
  こうなったら、このお話の顛末は、以下次号にて皆さまにお届けしたいと思います。 (つづく)

 

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