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《第二十二回》今、万札を燃やしているのです。 |
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最近――というより、ずっと以前からそうなのだが、よく電話がかかってくる。
何の電話か。
営業の電話である。
「これこれ、かようなものを買ってくれませんか」
いきなり電話で、商品を売り込んでくるのである。売り込んでくるものは、例外なくいらないものばかりである。
「ああ、ちょうどよかった。それ、ボク、前から欲しかったんですう」
というものは、ない。
売り込んでくる商品は、土地であったり、株であったり色々だが、一番多いのは証券である。
これは実名を書いておくが、
「新日本証券」
「大和證券」
からの電話が一番多い。
それも、必ず、仕事場に電話がかかってくるのである。基本的に、世間には内緒にしている電話番号である。どうして、こんな電話番号を知っているのか。こちらは、汗を垂らしながら、しめきり地獄の中でふうふう言っている最中であり、かような電話はおおいにメイワクなのである。
しかも、どういうわけか、最近かかってくる電話は“証券”のところを言わないのである。
たとえば、
「シンニホンです」
「ダイワです」
といってかかってくるのだ。
こちらは、“シンニホン”と言われれば、“新日本プロレス”とすぐに頭に浮かべる人間であり、“ダイワ”と言われれば、釣具メーカーの“ダイワ”と頭に想い浮かべる人間である。
どちらにも知り合いがいる。
つい話をきいてしまう。
やっと、プロレスでも釣りでもないことがわかっても、なかなか電話を切ることができない。あちらが早く用件を言ってくれればこちらも断ることができて、電話を切ることができるのだが、言ってくれないうちは、それができない。
「ただいまこのようないい商品が出ておりまして――」
「はあ」
「これこれ、こういうようなことでありまして――」
「はあ」
「つまりその、一度お時間をいただければ説明に――」
「けっこうです」
途中でいやになってしまう。
欲しかったり興味があれば、こちらからゆくのであり、電話なんかしてこられたってメイワクなだけである。
「もう二度と電話はやめて下さい。リストからぼくの名前を消して下さい」
何度頼んでも、またかかってくるのである。
こうなったら、実名を書いて、やめてくれと言うしかない。
この間は、本当にしつこいあいてだった。
新日本か大和かは、ここではふせておくが、ほぼ、次のようなやりとりがあったのである。
(私)すみませんが、そういうことに興味がないんです。
(証)は?
(私)興味がないんです。
(証)興味がないというと、それはお金に興味がないということですか。
(私)そうです。
(証)そんなことないでしょう。
(私)あるのです。
(証)このような方法でお金をもうけることがうしろめたいということですか。
(私)うしろめたいのではなく、金もうけに興味がないんです。
(証)そんな人はこの世にいません。
(私)ここにいます。金は、いつも、むこうの方からかってにころがりこんできますので。
(証)一度会っていただけませんか。
(私)嫌です。それよりどうしてこの電話番号を調べたんですか。
(証)お会いして色々と説明をさせて下さい。
(私)どうやって、この電話番号を調べたんですか。
(証)やっぱり、お会いして、ご理解をしていただくのが一番……。
(私)どうやって、この電話番号を調べたんですか。
(証)(観念して)業者の方から買ったのです。
(私)どういう業者の方ですか。
(証)色々と……、高額納税者の名簿とかございまして。
(私)その名簿から、僕の名前を抹殺して下さい。
(証)でも、お金は、あってもこまるものではありませんし。
(私)こまります。
(証)何故こまるのですか。
(私)わずらわしいのです。このような電話がかかってくるし。
(証)それは、別の話ではありませんか。
(私)同じです。その名簿を見ていただければわかりますが、ぼくはすでに十分なお金があるのです。これ以上はいらないのです。お金が欲しければ、ぼくは自分の仕事をどうすれば金が入ってくるかがわかっているのです。今の百倍稼ぐことだってできるのですが、ぼくはそれをしないだけなのです。
(証)何故ですか。
(私)お金をもうけることより楽しいことがいっぱいあるからです。それよりも、今、ぼくはたいへんメイワクしています。ここは仕事場です。仕事中なのです。
(証)お仕事は何ですか。自宅ということは、設計かなにかのお仕事をしているのですか。
(あちらのリストにぼくの職業は記されてないらしい)
(私)違います。
(証)お医者さんですか。
(私)医者なら、何もいわずに、こんな電話は切っています。
(証)それなら、えーと……。
(私)考えないで下さい。くりかえしますが、仕事中にこういう電話がかかってくることがたいへんにメイワクなのです。
(証)あなたのお金を増やすご相談をしましょうというのがメイワクなのですか。
(私)メイワクです。お金はあまっているのです。
今、ぼくの目の前に、カミさんにナイショでへそくった現金が山積みになっています。
(証)それがなんでメイワクなのですか。
(私)万札も、限度を越えると、邪魔なだけです。
(証)うそでしょう。
(私)うそではありません。うちでは、余ったお札は燃やしているのです。
(証)またあ。
(私)本当です。今も、寒いので火を点けようとしていたところです。もし、家に来たら、あなたの目の前で札束を派手に燃やしますから、それを見たらあきらめて、もう二度とこういう電話をしないようにしてくれますか。
右のことは、本当のことである。
記憶で書いているので、多少は違うかもしれないが、このようなやりとりがあったのは事実なのである。
電話している最中に、こちらもノってきて、あれこれと言ってしまったが、このような電話で、おもしろい思いをした唯一の体験がこれだけである。
新日本証券さん、大和證券さん、何度電話をしてきてもだめです。
おれは買いません。
もう電話をしないで下さい。
うちでは金を燃やしているのです。
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