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《第三十回》アブダビコンバットに行って来たぞ その1 |
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前田日明対カレリン戦を観に行ってきた――と、書き出したのだが、実はここは日本ではない。
アラブ首長国連邦のアブダビに来ているのである。場所がわからない人は、地図にてペルシア湾に面したこの国を捜していただきたい。石油成金の王国である。
この国では、一年を通じて流れている川がほとんどない。水がないのである。水が欲しければ井戸を三〇〇〇メートルも掘って地下水を汲み上げねばならないのである。
水が無いから、樹がない。
樹が欲しければ、他の国から土を大量に買い込んできて砂漠の上に土をかぶせ、そこに、これまた他の国から買い込んできた苗樹を植えることになるのである。
それだけではない。
樹を植えたら、それを育てねばならない。
何しろ砂漠なので、植えた樹は、放っておくと十日で枯れてしまい、そこはもとの砂漠にもどってしまうのである。
ではどうするかというと、水道を引いてくるのである。樹の一本一本にホースがからめられ、時間がくるとそこから自動的に水がまかれて、樹が育てられているのである。国中の樹が、このようになっているのである。
一本とて例外はない。
この国では、このようにして、芝生を作り、ゴルフ場も公園も作った。
日本なら、どこでも放っておけば、自然に雑草だらけとなり、山には樹が生えてくるというのに、ここではあらゆる緑は前記のようにして育てねばならないのである。日本という国土があたりまえに有しているものを、この国では人工で作っているのである。
しかし、その水をいったいどうやって手に入れているのか。井戸をそんなに掘っていられるのか?
この国では、水のほとんどは海水から作っているのである。
海水を蒸留して水を作り、逆浸透膜工法という日本の技術を使って、これもまた海水を真水に変えているのである。そうやって作った水を上水として使用し、その生活排水である下水を全てまた一ヵ所に集め、これをきれいにして中水にし、植物用の水として利用しているのである。中水を作る過程でできた固形物は、乾燥させて、植物の有機肥料として使われる。
つまり、この国では、水は、生じた時から消えてゆくまで、いっさいが人間の管理下にあるのである。どうだ、凄いだろう。
こういう凄いことを可能にしているのが、この国からたくさん出ている石油である。
この石油をいったんお金に変え、このお金で水を作っているのである。
石油成金――イスラムの国で、スルタンの国なのである。
たとえば、ある外国の企業が石油を掘らせてくれとスルタンに言ってきたとする。
条件は以下の通りである。
@開発の費用は全て企業もち。
A売り上げの半額はスルタンのもの。
何のリスクもなく、大金がこの国(アブダビ)にころがり込んでくるのである。
大金持ちである。
その凄さを知る上でよいエピソードをひとつ、ぼくは知っている。
アラブのある国の石油成金のスルタンが、自家用のジェットで日本にやってくる。
泊まるのは、東京は帝国ホテルの最高級の部屋である。想像するに、一泊五〇万円〜六〇万円(もっと高いかも)。
東京中の一流宝石店の社長を部屋へ呼びつける。もちろん、社長は、店にある宝石でも最高の品質のものを持ってやってくる。
「あー、これは第一夫人用にひとつもらおうかー」
てなわけで、二〇〇〇万円の宝石がひとつ売れてしまう。
「あー、ではこれは第二夫人にやろうかな」
てなわけで、一二〇〇万円のネックレスがまたひとつ売れてしまう。
第四夫人までのおみやげをこのちょうしで買い込む。その腕にはめている時計は、文字板から、短針、長針、秒針まで、びっしりとダイヤが埋め込まれており、ベルトまで、ダイヤで埋められている。
「ところで、先日、車で遊びに行った時、いい家を見つけたんだが、あれは幾らなのかなあー」
家といったって、どの家のことかよくわからない。よくよく聞いてみれば、なんと、
「スルタン、それは東照宮でございます」
「東照宮?
で、それ、幾らなの?」
「売りものではございません」
「金なら幾らでも出すんだけどねえ」
多少の脚色はしているが、これは事実である。どこの国のスルタンかは書かないけど。ともかく、アラブの石油成金の王様は、金で話がつくことなら、もう怖いものなどないといってもいい。
このスルタンの息子が、もし、格闘技好きであったらどうなるか。
「親父さぁ、ちょっと見たい試合があるんだけどさあ………」
「何だね」
「マーク・ケアというのと、ヒカルド・モラエスの試合」
「ほう」
「佐藤ルミナという日本人の試合も見たいんだけどなあ。ヘンゾ・グレイシー、ジェリー・ボーランダー、ホイラー・グレイシー、マシャド兄弟、マリオ・スペーヒー、エンセン井上、桜井はやと、ジョン・ルイス、宇野、バーノン・タイガー、こんな選手の試合も見たいなぁ」
「好きな選手を呼べい。おまえも自分で自由になる金が充分にあるじゃろが。それで好きにやれい」
というようなことができるのである。
いいなあ。
自分で、好きな選手を集め、
「あ、一回戦はキミとキミね。二回戦は――」
好きなようにマッチメイクをして試合をさせる。観るのは仲のいい友人だけ――。
こんなことができたらいいなあ、と誰でも思っているはずである。
これを、アブダビの王様の息子が、実現させてしまったのである。
それがアブダビコンバットである。
しかも、この王子様は、性格もよく、品性もよく、えらぶらず、しかも根っからの格闘オタクであり、
「ルミナのこの前のとびつき逆十字はよかったねえ」
日本の後楽園ホールでやったルミナの試合まで知っておられるのである。
何しろ、これで儲けてやろうなどという気持ちは毛ほどもないから、入場料は無料である。世間に対して、宣伝すらしていないのである。
実は、わたくし夢枕は、このアブダビコンバットの試合を観戦するために、本日は、ここにいるのである。
本来であれば、前田日明の引退試合のことを、ここで書こうと思っていたのだが、他の雑誌で書くことが決まってしまったため、今回はアブダビコンバットについて書くことにしたのである。
今、原稿を書いているのはその試合会場であり、昼の三時から始まって、ほとんど休みなく、試合が同時に二ヵ所で行なわれているのである。今は、夜の一〇時三〇分。しかし、まだまだ試合は続きそうなのである。
そこで、試合のあいまをぬって、この原稿を書くことにしたのである。
予定通りであれば、二月の二十八日には日本に帰ることになっているのだが、この様子では、本当に帰ることができるのかどうか、少しあやしくなってきたのである。
出場選手が八〇人あまりもいるうえ、ブラジル、アラブ方式でやっているため、時間がおせおせになっているのである。
疲れて、日本から来た取材記者やカメラマンもめろめろになっているのだが、この大会の報告は、次号できちんとお伝えしたい。
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*この後の「アブダビコンバットに行って来たぞ その2」に関しては旧スコラ誌廃刊につき実現できませんでした。「お気楽派」は本回で完結となります。長い間のご購読有り難うございました。
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