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《第十七回》鮎がおかしいぞ |
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ここ数年、鮎がおかしい。
僕は、釣りの中でも鮎の友釣りをすることを無常の悦びとしており、あちこちに友人がいる。友人の中には、鮎釣りのプロもおり、週に何度かは釣りのことで連絡をとりあっている。そんなわけで、鮎に関する情報が、全国的な規模で、リアルタイムで入ってくるのである。その情報によれば、今、日本の河川において、次のようなことがおこっている。
@天然鮎の遡上が少ない。
A放流鮎が、ほとんど死んでしまう。
B友釣りで、野鮎がオトリを追わない。
C友釣りで、野鮎が掛かっても、魚信(アタリ)が小さい。
D鮎が縄張りを作らずに、群れで泳いでいる。
これが、一部の川だけでなく、日本全国の川で、ほぼ同時に起こっているのである。
ぼくは、釣りを通じて、もう二〇年以上も鮎に関わっているが、こんなことは初めてである。例年であれば、ある地域のある川が駄目でも、別の地域の別の川は大丈夫であった。
地元の川が駄目なら、隣の街の川――もっと遠くで東北――それでも駄目なら、四国、九州へゆけばよかった。
しかし、昨年から今年にかけては、もう絶望的である。
今年、四国の川には五本行ったが、駄目であった。
ぼくの地元の、小田原市の酒匂川も駄目。
半分、ホームグラウンドにしている伊豆の狩野川も駄目。
四国のみならず、九州、本州、東北、みんな駄目である。
いい話が聞かれたのは、わずかに、二本か三本だけである。
「昔はよかったんだがねえー」
という声をあちこちで聴いた。
あのダムができてから、川は駄目になったという話も、これまでたくさん耳にしてきたが、今回は、
「今年は特におかしい」
という言い方をする。
四国の川でも、何人か川原で会った釣り人に声をかけると、
「昨年も悪かったけど、今年はそんなもんじゃない。まるで話にならないよ」
という返事がかえってくる。
鮎は、秋になると川を下って、河口近くの小砂利の多い浅瀬で産卵をする。卵から孵った稚鮎は、川を下り、海で半年近くをすごし、桜の頃にはまた川を遡ってくる。
主に、川底の石についたあのぬるぬる珪藻を食べる。縄張りを持っていて、自分の縄張りに他の鮎が侵入してくると、体当たりの攻撃を加えてくる。
この、鮎の縄張りを持つという習性を利用したのが友釣りである。
一尾の鮎をラインの先に繋いでこれをオトリとし、このオトリ鮎を野鮎の縄張りの中に送り込んでやると野鮎がたちまちオトリ鮎に攻撃を仕掛けてきて、オトリ鮎に仕掛けてある掛かり鉤にひっかかってしまうのである。
たいへんおもしろい日本独特の釣りである。
この釣りが、もう、できなくなるのではないか。
@の原因の多くは、ダム工事や、河川工事である。
ダムや、河口堰によって、鮎が海からのぼれなくなり、川から海へ下れなくなっている。さらには、河川工事で鮎の産卵場所の多くがなくなっている。水質汚染もその原因である。ダムに魚道があっても、それを利用するのは、わずかに全体の三割程度である。つまり、海と川を行き来している魚は、天然の状態では、もう、ほとんど生き残れないのである。
A〜Dについては、放流された鮎について顕著に見られる傾向でありこれはつまり放流鮎に異常がおこっていると考えていい。
何故、全国にこのようなことがおこるのかというと、@のような、天然鮎がのぼる川が少なくなったからだ。つまり、天然鮎がのぼらないので、その不足分を、放流した鮎で補っているからであり、その鮎の放流を全国の河川でやっているから、全国の河川で同時に同じことがおこってしまうのである。
Aの、放流鮎の死の原因はわかっている。
“冷水病”である。
どんな病気か。
鮎(魚)に、ウィルスが感染することによっておこる病気であり、水温がある一定以下に下がるとウィルスの活動が活発になり、発病する。結局、放流鮎の八割ほどは、この冷水病で死んでしまうのである。この琵琶湖産の鮎が、冷水症に感染しているのである。
今、日本の河川に放流される鮎のほとんどは琵琶湖産である。
まず、琵琶湖を海がわりにしている大量の稚鮎を網で捕る。網で捕えられた鮎は、いったん四国に輸送され、そこで育てられる。水温が高い南の水の方が、早く鮎が大きくなるからである。
その後、鮎はいったん琵琶湖にもどされ、そこから全国の漁協に買われてゆき、日本中の河川に放流されるのである。
そこで、冷たい水に触れて、発病する。
原因となるウィルスは、アメリカから入ってきたフレキシバクター・サイクロフィラという。
鮎の養殖業者は、鮎が細菌によって死なないように、信じられないくらいの量の薬剤や殺菌剤や抗生物質を鮎に投与する。その量、およそ253トン。一年間で、102億円。これだけの薬剤を投与しても、まだ、このフレキシバクター・サイクロフィラは死なない。
冷水病で死なずに生き残っている鮎も、感染しているため、この菌によって肝臓をおかされている。肝臓病の鮎は、元気がなく、とてもオトリ鮎を追うどころではないのだ。
かくして、日本全国の河川で、友釣りで鮎が釣れないということになってくるのである。しかし、不思議なのは、かつて、天然鮎がいっぱいのぼっていた川までが駄目になっていることの原因である。
この原因については、ぼくは、ふたつのことを推測している。
ひとつは、この冷水病が、天然鮎にも感染しているということである。つまり、天然鮎がたくさんのぼる川にも、漁業権を設定するために、琵琶湖産の鮎の放流をやっているということなのだ。放流鮎から、天然鮎がこの冷水病に感染している可能性は極めて高い。
もうひとつは、おそらく、最近言われてきている環境ホルモンである。この影響についても、そろそろ、鮎関係者は考えてみるべき時期に来ているのではないか。
この冷水病、いずれワクチンか、あらたな薬でなんとかなったとしても、次には、シュードモナス症だの、エロモナス症だの、ビブリオ病だの、まだまだ色々鮎や魚の病気はあとに控えているので、そうかんたんには、このイタチごっこは終わらないのではないか。きっと、こういうことは鮎だけではなく、自然環境のいたるところでおこっていることだろう。
おそろしい世の中になったものだ。
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